『Mouse on Mars』──身体と鑑賞の二重化が生んだ電子音
『Idiology』(2001年)は、マウス・オン・マーズ(Mouse on Mars)のヤン・ヴェルナーとアンディ・トーマが制作したアルバムであり、1990年代後半に進行していたテクノのリスニング化とダンスフロア回帰の両方を視野に入れた作品。クラブにおける反復ビートと、個人環境での鑑賞を前提とした複雑な電子処理が併存し、曲としての形式が保たれたまま音響構造が変形し続ける点が特徴。生楽器や声素材が電子音と同列に配置され、楽曲ごとにリズムの形態が変化することで、聴取空間と身体的反応の双方に対応する設計が示された。
ねじれた未来感覚としてのテクノ
1990年代のテクノを語るとき、多くの系譜は「クラブミュージックから始まり、知的電子音楽へ向かう」という単線的進化を用いる。しかし実際には、ダンスフロアと個人のリスニング空間の間には、単なる対立ではなく「二重化された快楽の構造」が存在していた。
クラブで身体性を爆発させるテクノと、自宅で意識の内部へ沈降するテクノ──その両方を往復し続けた人間にとって、その二項対立はむしろ必須の循環装置だった。それを象徴するのがマウス・オン・マーズである。
ハードフロア型の硬質なアシッドテクノが提示したのは、フロアに身体を縫い止める反復の快楽だったが、マウス・オン・マーズが切り拓いたのは「ねじれた未来感覚」としてのリスニングテクノだった。
彼らの音響は決して緩やかな癒やしではなく、電子パルスが光速で跳躍する聴覚的衝突であるにもかかわらず、聴く者は疲労ではなく不可思議な軽さを受け取る。
この“軽さ”の正体は、実験性が外部へ露出するのではなく、音響そのものが身体の内側で空洞化する構造にある。だからこそそれは、クラブ的身体性と知的鑑賞性のあいだを浮遊する装置となる。
ユニット名の「火星のネズミ」という奇妙な転移は、電子音楽の未来が「最先端」ではなく「異物の侵入」として捉えられるべきことを示唆している。
細野晴臣が彼らを支持したことは、その異物性が決して外部からの侵略ではなく、音楽の深層にすでに潜在していたものを可視化したという証でもある。
“古き良き未来”の設計図
マウス・オン・マーズの音響は、いわゆるIDM的な複雑さを備えながら、その内部に“懐かしさ”の粒子を混入させている。電子音が高速で走り抜け、ビットレートの隙間にノイズが混入するにもかかわらず、聴き手はある種のレトロ・フューチャー的情景を幻視する。
ここにあるのは、未来が常に光沢のあるテクノロジー装置として描かれた80年代的SFの残響であり、同時にそれらを俯瞰するポストテクノ的冷笑でもある。
たとえばアルバム『Idiology』(2001年)は、オウテカやオヴァルのような言語的解体実験とは異なり、あくまで“曲として成立する愉楽”を保持している。
ビートは崩れ、シンセはねじれ、電子音が乱反射するにもかかわらず、キャッチーな輪郭が消えない。それは未来を加速させながら、同時に古いSFの残滓へ回帰していく運動である。
ヤン・ヴェルナーとアンディ・トーマのコンビが構築する音響には、バグとグルーヴが共存している。電子のパルスが疾走するたびに、聴き手は“古き良き未来”へ一瞬だけ接続される。これは懐古ではなく、未来の内部で見つかるノスタルジアだ。
僕は彼らの音楽を聴くたび、映画の『トロン』(1982年)を連想しまう。コンピュータ内部で展開される光の戦闘は、当時の最先端技術でありながら、現在から見ればレトロなCG処理として成立する。
その二重性──“未来感”と“古臭さ”の同居──こそが、マウス・オン・マーズの音響を特徴づける。つまり彼らのテクノは、常に未来へ向かって加速しながら、同時に古い電子音楽への愛着を内部に抱え込む「時間軸の折り畳み」なのである。
リスニングテクノの身体性
一般的な理解では、「聴くテクノ」と「踊るテクノ」は乖離した概念として扱われる。しかしマウス・オン・マーズを聴くとき、聴き手の身体は実際には微細な運動を始めている。強制的な4つ打ちが存在しなくても、電子音の跳躍が神経系を刺激し、内的リズムが立ち上がるのだ。
彼らの音楽が実験性にもかかわらず軽快に響くのは、構造的な難解さではなく「音の振動そのもの」を快楽の媒体として扱うからである。これはアシッドの快楽を拒否したのではなく、異なる形態で内面化させた結果だ。
リスニングテクノとは、ただ家で流す音楽ではなく、身体性を内部へ巻き込む聴取様式である。そこにはクラブの夜と私室の昼の境界を溶かす複数の時間が流れている。
マウス・オン・マーズは、ダンスフロアを破壊したのではなく、身体の内部へ移植した。したがって彼らの音響は、静的リスニングと動的ダンスの二項分類を無効化し、耳と神経と想像力が一体化する領域を開く。
それは「音楽が空間を支配する」のではなく、「聴取行為そのものが空間を生成する」状態である。だからこそ彼らのサウンドは、実験精神に満ちていながら、決して堅苦しくない。
快楽は理論に先行するのではなく、音響設計の内部に埋め込まれている。本質的な実験音楽とは、決して難解さを誇示するものではなく、快楽と構造の共存を可能にする設計行為である。マウス・オン・マーズのサウンドは、そのことを最も軽やかに証明している。
- アーティスト/Mouse On Mars
- 発売年/2001年
- レーベル/Thrill Jockey
- Actionist Respoke
- Subsequence
- Presence
- Illking
- Catching Butterflies With Hands
- Doit
- First: Break
- Introduce
- Unity Concepts
- Paradical
- Fantastic Analysis
