二人のファム・ファタールを愛でるべき、妖しきナイト・ストーリー
「これはまやかしだ」。クラブ・シレンシオの「魔術師」は、まとわりつくようなスペイン語で語りかける。
そうだ、これはまやかしだ。空間も時間も軽々と飛び越え、リンチは甘美な糸を紡ぎあげる。ファジーだ、すべてがファジーだ。現実と夢の境目はどこにあるのか、それとも全てが幻想なのか。
我々は、思考停止を余儀なくされた『ロスト・ハイウェイ』(1997年)の不連続性&非論理的性に、再び遭遇する。『マルホランド・ドライブ』(2001年)という名の、漆黒のハイウェイに。
キーとなるのは文字通り「青い鍵」。記憶を喪失した女リタが鍵で箱を開ける瞬間、世界は反転する。超個人的解釈で読み解くなら、物語はここが出発点だ。
レズビアン関係にある女優のダイアンとカミーラは、嫉妬という感情で引き裂かれる。自分を裏切って映画監督アダムとの結婚を発表したカミーラに対し、ダイアンはチンピラに彼女の殺害を依頼。
殺しが完了したことを知らせるメッセージ「青い鍵」を目の当たりにし、自らが引き起こしたことにも関わらずダイアンは錯乱状態に。そして罪の意識に耐え切れずに発砲自殺。ここから物語はダイアンの願望と幻想が混在した「夢」のシークエンスに突入し、ベティとリタの性愛が描かれていく。
…しかしこれはあくまで理詰めの作品分解であり、映画はそのような分析を望んではいない。デヴィッド・リンチの語りかける妖しきナイト・ストーリーに耳を傾ける、全てはそれでオッケー。
まずは、美しきブロンドとブルネットの女優を堪能せよ!ハリウッドのメジャー・シーンに突如舞い降りた、二人のファム・ファタール。
雑誌オリーブのモデルだったナオミ・ワッツは、華奢な体躯に陽性のセックスアピールを閉じ込めている。どーでもいいことだが、オリーブ出身なのに衣装はanies bっていうのは、何か因縁を感じますね。
エキゾティックな風貌に、ダイナマイト・スキャンダラス・バディを併せ持つローラ・エレナ・ヘリングには、陰性のセックスアピールが貼り付いている。この二人による愛撫のシーンは、陰(淫)と陽が重なりあう瞬間でもある。かくして、異次元への扉は開かれた。
リンチが『マルホランド・ドライブ』に仕掛けた罠はユーモアに溢れている。ハリウッドの内幕を辛辣に綴ったモチーフは、ポール・アンダーソン演じる闇の権力者によって、デフォルメティックに描写。さらに、フィフティーズなガール・ポップというトンデモナイ隠し味をきかせてしまった。
ロイ・オービンソンの歌うオールディーズの名曲、『ブルー・ベルベット』の使われ方にも通ずるこのキッチュなセンスこそ、盟友アンジェロ・バダラメンティの面目躍如。ちなみにこの御大バダラメンティは、コーヒーをやたらまずく飲むマフィア役というオイシイ役どころでカメオ出演していたので、しっかとチェックされたい。
この映画で一番強烈なのは、ナオミが空港で別れた人の好さそーなジジイとババアの笑顔だろう。狂気もすらもそのシワに刻印した破顔!!このお達者コンビが笑顔でナオミを追いかけ廻すシーンは、『13日の金曜日』(1980年)のジェイソンや「エルム街の悪夢」のフレディを楽々と凌駕する。
デヴィッド・リンチ、こいつはやっぱり頭がオカシイ。そして彼の映画を偏愛してやまない僕の頭もオカシイ。
- 原題/Mulholland Drive
- 製作年/2001年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/146分
- 監督/デヴィッド・リンチ
- 脚本/デヴィッド・リンチ
- 製作総指揮/ピエール・エデルマン、デヴィッド・リンチ
- 製作/ニール・エデルスタイン、ジョイス・エライアソン、トニー・クランツ、マイケル・ポレール、アラン・サルド、メアリー・スウィーニー
- 撮影/ピーター・デミング
- 音楽/アンジェロ・バダラメンティ
- ナオミ・ワッツ
- ローラ・エレナ・ハリング
- アン・ミラー
- ダン・ヘダヤ
- マーク・ペレグリノ
- ブライアン・ビーコック
- ロバート・フォスター
- アンジェロ・バダラメンティ
- キャサリン・タウン
- メリッサ・ジョージ
- パトリック・フィスクラー
- マイケル・J・アンダーソン
- ビリー・レイ・サイラス
- スコット・コフィ
- チャド・エヴェレット
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