『Random Access Memories』(2013年/ダフト・パンク)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Random Access Memories』(2013年)は、ダフト・パンクが結成20周年の節目に発表したスタジオアルバムで、ゲストとしてナイル・ロジャース、ポール・ウィリアムズ、ジョルジオ・モロダー、トッド・エドワーズ、パンダ・ベアらが参加した作品である。アルバムには「Give Life Back To Music」、「The Game of Love」、「Giorgio by Moroder」、「Touch」などが収録され、ディスコやソフトロックを含む複数の音楽的背景が取り入れられた。2014年の第56回グラミー賞ではアルバム・オブ・ザ・イヤーを含む複数部門を受賞し、各国のチャートで1位を獲得した。
- 第56回グラミー賞:最優秀アルバム賞、最優秀ダンス/エレクトロニカ・アルバム賞、最優秀録音アルバム(クラシック以外)、最優秀レコード賞(「Get Lucky」)、最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞(「Get Lucky」)
- 2014年ブリット・アワード:最優秀インターナショナル・グループ賞
- 2013年Pitchfork:年間ベストアルバム第7位、Best New Music
- 2013年Rolling Stone:年間ベストアルバム第3位、歴代最高のアルバム500選 第295位
- 2013年NME:年間ベストアルバム第6位
ロボットたちが提示した究極の回答
前作『Human After All』(2005年)から実に8年。長い沈黙を破って突如として世界に投下されたダフト・パンク(Daft Punk)の4作目『Random Access Memories』(2013年)は、彼らの結成20周年という節目を飾る記念碑であると同時に、音楽シーン全体に対するきわめて巨大で野心的なマニフェストのような作品だった。
第56回グラミー賞において、最優秀アルバム賞(アルバム・オブ・ザ・イヤー)を含むノミネートされた5部門すべてを制覇し、世界20か国以上のチャートで1位を記録。
それは、「2010年代のポップ・ミュージックとは、いかなる音像であるべきか?」という根源的な問いに対する、彼らからの決定的な回答だった。
当時、世界は彼ら自身が過去に蒔いた種から育ったEDMの狂騒の真っ只中にあった。BPMは高速化し、ドロップで観客を煽り、ソフトウェア・シンセサイザーの暴力的なベース音がスタジアムを揺らしていた。しかし、ダフト・パンクの二人は、自らが作り上げたその巨大な潮流に背を向け、最も困難で、最も美しい逆行を選択したのである。
『Homework』(1997年)と『Discovery』(2001年)が音楽史に刻み込んだのは、フィルター・ハウスやフレンチ・タッチと呼ばれる圧倒的な推進力だった。
忘れ去られた過去のアナログ・レコードから数秒のループをサンプリングし、そこに未来志向の強靭なパルスを撃ち込むことで生まれる、90年代的クラブ以後の斬新な美学。
それは、サンプラーという機械を通して過去のファンクやディスコを再発明する手法だ。だが彼らは、この『Random Access Memories』という一作において、自らを世界的スターへと押し上げたその強固な自己文法そのものを、いとも簡単に脱ぎ捨ててみせた。
彼らが本作で行ったのは、過去のレコードを切り刻んでループさせることではない。1970年代から80年代初頭にかけての、あの芳醇で贅沢なスタジオ・レコーディングのプロセスそのものを、現代の最高峰の技術で再演すること。
要するに、単なる「過去の音楽の再発明」にとどまらず、音楽が作られる「過程そのもの」を未来化するという、空前絶後の大胆な跳躍をやってのけたのだ。
ヘルメットを被った二人のロボットは、機械の冷たさを極めるのではなく、誰よりも生々しい人間の体温と、熟練のミュージシャンたちが奏でるグルーヴを求めて、西海岸の伝説的なスタジオ群へと足を踏み入れたのである!
狂気のナチュラル志向
『Random Access Memories』の全編を通して最も鮮明に浮かび上がるのは、“レトロなのに未来的”という質感。
ディスコ、ソフトロック、メロウ・ファンク、AOR、そしてウェストコースト的なコーラス・ハーモニー。ここにあるのは、1970年代後半のロサンゼルスに立ち込めていた、あの豊潤で乾いた空気感を一気に現代へと引き戻す力学だ。しかし、それは決して古びた懐古趣味には聴こえない。
この音像を語るうえで欠かせないのが、グラミー賞を幾度も受賞している伝説的なミキシング・エンジニア、ミック・グザウスキーの存在だ。彼が語るところによれば、本作の録音時の基本姿勢は、気が狂うほどの徹底したナチュラル志向だったという。ドラムやベース、ギターの生音を録る際、コンプレッションは最低限に抑えられた。
演奏はまず、特注のアナログテープ・レコーダーを通して磁気テープに焼き付けられ、そこから初めてデジタル環境であるPro Toolsへと落とし込まれる。テープならではの自然なサチュレーションと温かみを、デジタル領域へと無傷のまま持ち込むための気の遠くなるような作業だ。
そのうえで、グザウスキーはミックス段階においても、2ミックスを過度にリミッターで叩き潰すような真似はしなかった。クラシックな名機1176やLA-2Aといったコンプレッサーは、音圧を稼ぐためではなく、純粋に音色づけのために極めて控えめに使用されている。
いわゆるラウドネス・ウォー(音圧競争)的な、波形が海苔のように真っ黒に潰れた現代ポップスの発想とは真逆の、ダイナミクスを極限まで残すための設計思想が、アルバムの隅々に至るまで貫かれているのだ。
同時に、トーマ・バンガルテルとギ=マニュエル・ド・オメン=クリストのふたりは、巨大なスタジオに一流のセッション・プレイヤーを集めて一斉に音を鳴らすという、現在ではほとんど失われたプロセスを再演している。
自宅のベッドルームで、ノートPCひとつとプラグインさえあれば、いくらでも打ち込みだけで完璧なトラックを量産できる時代に、あえて広大な部屋の空気の振動、ドラムのシェルが共鳴する「鳴り」、そしてミュージシャン同士が視線を交わす微細な呼吸のズレまでをもテープに刻み込む。
デジタル音源の上から安易にヴィンテージ風プラグインを被せて汚すのではなく、最初から生身の人間とスタジオの空気を高解像度で録りきってしまう。
そうすることで、ストリーミング時代の均質化された標準音圧に慣れきった僕たちの耳には、最初は少し物足りないくらいに感じられる豊かな「余白」と「レンジの広さ」が生まれる。その音の隙間に宿る静けさこそが、逆説的に極めて未来的でリッチな聴感を呼び込んでいるのだ。
このアルバムが示したのは、デジタル高速化の世界で、あえてフィジカルな音像だけが持つ肌理を取り戻すこと。それは回顧ではなく、過去の霊性を素材として再構築する最先端の実験だった。
70年代のスタジオとミュージシャンへの憧憬を、21世紀のテクノロジーと編集感覚で再配列する。そのねじれた構図こそが、『Random Access Memories』というアルバムを、レトロでもフューチャーでもなく、そのどちらでもありながらどこにも属さない「第三の場所」へと押し上げているのである。
ディスコの神を巻き込んだ音楽的宇宙
アナログ・レコーディングの極致とも言えるこのアルバムは、全13曲を通して、機械が人間の魂を獲得していくような、壮大な物語を描き出している。
オープニングを高らかに飾るのは、M-1「Give Life Back To Music(音楽に生命を吹き返させよ)」だ!スタジアム・ロックのような壮大なイントロから一転、あの小気味よくパーカッシブなカッティング・ギターがリズムを刻み始めた瞬間、僕たちは1970年代のディスコ・フロアへとテレポーテーションさせられる。
この至高のギターを演奏しているのは、言うまでもなくシックの頭脳であり、ディスコ・ミュージックの神様であるナイル・ロジャースだ。彼の魔法のような右手が生み出すグルーヴは、アルバム全体を牽引する強靭なエンジンとして機能している。
続くM-2「The Game of Love」では、ヴィンテージのフェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノのような甘く揺らぐ響きが印象的。ちょっと引っ掛けたようなガシャガシャとした質感のカッティング・ギター、そしてスネアを撫でるドラムの繊細なブラシワークが、深夜のラウンジにいるかのような心地よいメロウネスを生み出す。
そこに乗るダフト・パンク自身のヴォコーダー・ヴォイスは、機械でありながらあまりにも悲しげで、人間のどのシンガーよりも深い哀愁を帯びているのが不思議だ。
そして、このアルバムのハイライトのひとつであるM-3「Giorgio By Moroder」。これは文字どおり、シンセサイザー・ディスコの先駆者であるジョルジオ・モロダーへの最大級のトリビュート・ナンバーだ。
楽曲の前半では、彼自身の生い立ちや音楽哲学を語るモノローグがドキュメンタリーのように挿入され、クリック音の逸話からシームレスに、モジュラー・シンセサイザーが唸りを上げる、レトロ・フューチャー・サウンドへと雪崩れ込んでいく。
生ドラムとシンセのアルペジオが激しく交錯する終盤の展開は、まさに圧巻の一言。13曲すべてにおいて、1ミリの妥協も許さずに精緻に計算されたプロダクションを堪能することができる。
本作を彩るゲスト・ミュージシャンたちの顔ぶれも最高だ。M-6「Touch」には、ダフト・パンクの二人が映画『ファントム・オブ・パラダイス』(1974年)以来の熱狂的なファンであるという、ポール・ウィリアムズを招聘。彼の演劇的でエモーショナルな歌声は、楽曲を一本のミュージカル映画のような壮大な組曲へと押し上げた。
M-11「Fragments of Time」では、彼らの盟友でありフレンチ・タッチの立役者でもあるトッド・エドワーズが、カリフォルニアの青空を思わせる爽やかなAORを歌い上げる。
そしてM-12「Doin’ it Right」では、アニマル・コレクティヴのパンダ・ベアを迎え、現代的なインディー・ポップと808系のビートを見事に融合させている。
もちろん、ファレル・ウィリアムスが甘い歌声を聴かせる歴史的アンセム「Get Lucky」の存在も忘れてはならない。どのアーティストも、自らの持ち味を120パーセント発揮しながら、完全に「ダフト・パンクの音」の一部として有機的に結合しているのだ。
永遠に輝き続けるマスターピース
数え切れないほどの一流スタジオ・ミュージシャンを長期間拘束し、何十台ものヴィンテージ・マイクを立て、特注のアナログテープを湯水のように消費し、ロサンゼルスとパリのスタジオを何度も往復しながら、数年という膨大な時間をかけて音を磨き上げる。
こんな常軌を逸した贅沢なアルバムが作れるのは、ダフト・パンクという存在が、レーベルの意向すらも黙らせる圧倒的な発言力を持ったビッグ・アーティストであり、無尽蔵のお金と時間をかけることが許された、特権的な立場だったからだ。
しかし彼らはその特権を、自らのエゴを満たすためではなく、「音楽が最も輝いていた時代の魔法」を現代のリスナーに伝承するために使い切った。コ
ンピュータのハードドライブを意味するアルバムのタイトルには、デジタルデータとして無作為(ランダム)に消費されていく現代の音楽に対するアンチテーゼと、人間が自らの手と魂で記憶(メモリーズ)を刻み込むことへの強い祈りが込められているように思えてならない。
2021年2月、彼らがエピローグの映像とともに正式に解散を発表したことで、結果的に本作は彼らのラスト・アルバム」となってしまった。しかし、この作品が音楽史に撃ち込んだ楔は、時が経てば経つほどにその深さと輝きを増している。
ストリーミングのアルゴリズムが音楽の形を最適化していく2020年代後半の今において、彼らが残したこの生々しい記録は、まるでオーパーツのように神々しく響く。
参考文献・出典
- 1. Give Life Back to Music
- 2. The Game of Love
- 3. Giorgio by Moroder
- 4. Within
- 5. Instant Crush (feat. ジュリアン・カサブランカス)
- 6. Lose Yourself to Dance (feat. ファレル・ウィリアムス)
- 7. Touch (feat. ポール・ウィリアムズ)
- 8. Get Lucky (feat. ファレル・ウィリアムス & ナイル・ロジャース)
- 9. Beyond
- 10. Motherboard
- 11. Fragments of Time (feat. トッド・エドワーズ)
- 12. Doin' It Right (feat. パンダ・ベア)
- 13. Contact
- 14. Horizon
- Random Access Memories(2013年)
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