何よりもまず驚かされるのは、橋本忍によるアクロバティックな脚本。何がアクロバティックって、時制がアクロバティックなんである。
大老・井伊直弼を暗殺するべく、桜田門で待ち構える尊皇攘夷派の水戸浪士たち。このファーストシーンがそのままラストシーンと接続しているという、いわゆるサンドイッチ形式の構造になっている。
じゃあその間に挟まれるシークエンスが単なる回想かといえばそうではなく、この中間部においても微妙に時制がずらされていたりして、ややこしいことこの上なし!
しかも、回想シーンで東野英治郎が回想を語るシーンがあるから、二重の回想構造にもなっていたりもする。
しかしそんな多重構造な脚本でも、観客は特に混乱もなくストーリーを追っていけるのだから、橋本忍のリーダビリティーの高い構成力は見事。
水戸浪士の書記を務める男が読み上げるセリフが、そのまま映画のナレーションになっているというアイディアもナイスなり。物語を自明なものにする、という努力はビンビン伝わってくる。
『侍』は、言ってしまえば運命という名の巨大な「見えざる手」によって翻弄される男のドラマ。「井伊直弼の首を獲って侍として名を上げたい」という野望を抱く三船敏郎が、実は井伊直弼の実子だったという、オイディプスの悲劇のような構造をまとっている。
しかしその事実が明らかにされるのは物語の2/3が終わったあたりなので、逆にいうとドラマに加速がついて走り出すのも2/3が終わったあたりからなのだ。うーむ、ちょっと助走時間が長すぎかも。
「馬鹿めっ、日本から侍がなくなるぞっ!」
とは殺される間際の井伊直弼のセリフだが、侍になりたかった男が侍になるために行動した結果、日本から侍文化を奪ってしまうことになってしまうという皮肉。
手塚治虫がいかにも好んで描きそうな悲劇的大河ドラマだが、その悲劇を作動させる為のタイマー設定に、やや問題があるような気がしてならない。
- 製作年/1965年
- 製作国/日本
- 上映時間/120分
- 監督/岡本喜八
- 製作/田中友幸、三輪礼二
- 原作/郡司次郎正
- 脚本/橋本忍
- 撮影/村井博
- 音楽/佐藤勝
- 美術/阿久根巌
- 三船敏郎
- 小林桂樹
- 伊藤雄之助
- 新珠三千代
- 東野英治郎
- 江原達怡
- 中丸忠雄
- 八千草薫
- 杉村春子
最近のコメント