『TRANCE/花火』──現代音楽とポップの狭間で燃える坂東祐大の挑戦
『TRANCE/花火』(2021年)は、作曲家・坂東祐大が20代で手がけた3作品『花火』『TRANCE』『ドレミのうた』を収録したアルバムである。『花火』は第25回芥川作曲賞受賞委嘱作品で、現代美術家・蔡國強の火薬アートから着想を得て作られた。『TRANCE』では青葉市子やU-zhaanらを迎え、電子音と生演奏を交錯させた実験的な楽曲を展開。『ドレミのうた』では西洋音楽の基盤である12音階を分解し、声と音を再構築する試みが行われている。
ポップとアカデミズムの狭間で──複数の文法を行き来する身体
米津玄師や宇多田ヒカルのアレンジで注目を集め、『竜とそばかすの姫』では八十名規模のオーケストラを指揮し、『大豆田とわ子と三人の元夫』ではミシェル・ルグランを想起させる軽妙な旋律を響かせた坂東祐大。その活動は、ジャンルの輪郭をあっさりと超えていく。
彼の音楽には、クラシックの厳密な構造と、ポップの流動的な感性とが、矛盾することなく共存している。東京芸術大学を首席で卒業した坂東にとって、音楽とは体系でも流行でもなく、呼吸のような思考の延長線上にある。
彼は「作曲」という行為を、ひとつの社会的実験としてとらえる。そこでは譜面上の音符が、時代の構造や感情の構図と呼応するメタファーとなるのだ。
『TRANCE/花火』──音の粒子が描く、思想としてのシンフォニー
アルバム『TRANCE/花火』には、彼の20代の結晶ともいえる三作『花火』、『TRANCE』、『ドレミのうた』が収録されている。
火薬を用いた蔡國強のアートに触発された『花火』は、きらめく爆発の一瞬を音で翻訳する試みだった。そこでは調律を意図的に狂わせたピアノの打鍵と、打楽器の轟音が織りなす不安定な倍音構造が、視覚ではなく触覚に訴えかける。
響きの軌跡は消えゆく光跡のように儚く、しかし構造的には精緻なアーキテクチャとして立ち上がる。続く『TRANCE』では、青葉市子やU-zhaanといったポップ・フィールドのアーティストを迎え、現代音楽の文法を解体しながら再文脈化していく。
シュトックハウゼンの空間性、ペンデレツキの音塊、ジョハン・ヨハンソンの静謐な余白──それらが坂東のフィルターを通すことで、現代の都市的情緒として再構成される。
「TRANCE – Trance [Bricolage iii]」では、数十秒にわたる寝息が鳴り続ける。沈黙そのものが作品となる瞬間、聴取行為は内省の儀式へと変わる。彼の音楽は、聴かれることを目的としない。むしろ聴くという行為の在り方を、再定義するための装置なのだ。
『ドレミのうた』は、坂東が少年のような無垢さで問い直した、「音階とは何か」という根源的なテーマへの回答である。平均律という制度を一度瓦解させ、音そのものの意味を再構築していくプロセスは、言語の崩壊をも想起させる。
分解された声、失語した旋律。その無言の構造体は、コーネリアス『デザインあ』の実験性にも通じるが、坂東の場合、それが音楽の根幹にまで踏み込んでいる点でより急進的だ。
音を記号から解き放ち、響きの物質性を取り戻すその手つきに、彼の“作曲家としての倫理”が宿る。思えば武満徹もまた、現代音楽とポップスを往還しながら「音を聴くとは何か」という問いを生涯追い続けた。
坂東祐大は、その遺伝子を受け継ぎつつ、デジタル時代における新たな聴取の形を提示している。SNSで断片化される音楽消費の只中で、彼の作品はなお「構造」として聴かれることを望む。
ポップとアカデミズムを隔てる垣根は、彼の音楽においてすでに意味を失っている。坂東祐大は、音を思想として鳴らすことのできる、数少ない現代の作曲家なのだ。
- アーティスト/坂東祐大
- 発売年/2022年
- レーベル/コロムビア・マーケティング
- Bubbles & Scales [Bricolage i]
- Etude (for flutes)
- Polyclock etude [Bricolage ii]
- Transform and Deform (for bassoon)
- Trance [Bricolage iii] (homage to Johann Johannsson)
- Seesaw (for violin & piano)
- Melting dance [Bricolage iv]
- Untitled / Fantastic (for violin)
- Scene 1 : Introduction
- Scene 2 : Smoke and Fog
- Scene 3 : Burst – pt.1
- Scene 4 : Incidental color
- Scene 5 : Burst – pt.2
- Scene 6:Embers
- Scene 7 : Sky ladder
- Voice Lesson
- Introduction for Morse Code
- Morse Code
- Do-Re-Mi Study i
- Introduction for Hanon exercises
- Hanon exercises
- Do-Re-Mi Study ii
- Invention
- Do-Re-Mi Study iii
- Introduction for Fake Solmization
- Fake Solmization
- Arpeggio

