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2017/9/4

スイミング・プール/フランソワ・オゾン

『スイミング・プール』──リュディヴィーヌ・サニエが映す幻想と現実のあわい

『スイミング・プール』(原題:Swimming Pool/2003年)は、南仏の別荘を舞台に、ロンドンのミステリー作家サラと奔放な少女ジュリーが奇妙な共同生活を送る物語である。監督フランソワ・オゾンは、二人の女性を通して現実と幻想、老いと若さ、創造と欲望の境界を描く。プールの水面が揺れるたび、作家の内面に潜むもうひとりの“私”が現れる。

南仏に現れた幻想──リュディヴィーヌ・サニエという衝撃

『8人の女たち』(2002年)で天真爛漫な小悪魔を演じたリュディヴィーヌ・サニエ。その肉感的な肢体と、無垢にも見える笑顔の裏に潜む妖しさは、まさしく21世紀フランス映画が生んだ新たなファム・ファタールだった。

彼女がほぼ全編を通してハダカ、もしくはビキニ姿で現れる『スイミング・プール』(2003年)は、エロティック・スリラーとしての体裁を超え、自己と他者、現実と虚構、老いと若さといった二項対立を幾層にも絡ませた“心理の迷宮”である。

監督はフランソワ・オゾン。彼がこの映画で描こうとしたのは、女性の身体ではなく、“創造する女”の内部に渦巻く欲望の構造だった。

物語の主人公は、ロンドンで活躍する女流ミステリー作家サラ・モートン(シャーロット・ランプリング)。出版社社長ジョンの提案で南仏プロヴァンスの別荘に滞在する彼女は、静養のはずが、突如現れたジョンの娘ジュリー(リュディヴィーヌ・サニエ)と奇妙な共同生活を始める。

モラリストで禁欲的なサラと、奔放で官能的なジュリー。相反する二人の女性が、南仏の陽光と水の匂いの中で徐々に溶け合っていく。その均衡を支えるのが“プール”という装置だ。

水面は揺らぎ、現実と幻想を分かつ境界となる。泳ぐ身体は二重写しのように重なり、観る者の認識をかき乱す。

作家と分身──創造の迷宮としてのプロヴァンス

この映画をめぐる最大の論点は、ジュリーが実在するのか、あるいはサラの創造した虚構なのか、という点にある。オゾンはあえてその線を曖昧に保つ。

クロス(十字架)を外す導入ショットに象徴されるように、サラは道徳的制約から解放され、“書く女”から“生きる女”へと変容していく。別荘で偶然見つけたハーレクイン風の原稿、それに触発されて生まれたジュリーというキャラクター。

奔放なジュリーの姿は、老境のサラが抑圧してきた欲望の化身であり、若さと自由の象徴である。彼女の腹部に残る傷跡は、サラ自身の過去──流産や中絶を暗示する“記憶の痕”──を投影している。

オゾンの演出は、同一構図の反復によって二人の同一性を視覚化する。プールで泳ぐ姿、プールサイドでの裸体、男を誘う視線。現実のサラと幻想のジュリーは、鏡像として重なり合い、やがて境界を失う。

夜のプールで起きる殺人事件は、現実的には説明不能だが、象徴的には“書く行為の完成”を意味する。サラは他者を創造することで、自らを殺す。ジュリーはサラの分身であり、サラはジュリーを通して再び“女”としての自己を取り戻す。

虚構と欲望──プールが映すもうひとりの“私”

『スイミング・プール』は、エロスをテーマにした映画ではない。むしろ、エロスを媒介にした“自己言及的メタ映画”である。プールの水面に映る揺らめきは、現実と幻想、老いと若さ、作家と登場人物という二重の像を結ぶ鏡であり、そこにこそ映画の核心がある。

サラが目にする奔放なジュリーの行動は、抑圧された自我の解放であり、同時に創作の過程そのものだ。『ファイト・クラブ』(1999年)のエドワード・ノートンとブラッド・ピットの関係が男性的欲望の分裂を描いたように、ここでは女性的欲望の分裂が描かれている。

つまりジュリーは、サラにとっての“もうひとりの私”なのである。

ラストで出版社を訪れるサラが、受付の女性に“本物のジョンの娘”を確認する場面で、すべてが反転する。そこにいるのは、我々が見てきたジュリーではない。

映画全体がサラの創作した物語だったのか、それとも彼女の内面に潜む幻想世界だったのか。どちらにせよ、彼女は“書くこと”によって欲望を昇華し、現実の自分を更新したのだ。

オゾンはこの作品で、“創作”と“欲望”の同一性を暴く。創作とは、抑圧された衝動を物語の形で解放する行為であり、そこに倫理も現実も介在しない。プールという境界の中で、現実の水音と虚構の呼吸が溶け合うとき、サラ・モートンは作家であることを超え、“神の位置”に立つ。

『スイミング・プール』は、女性のエロスを描いた作品ではなく、“物語を生む女の神話”なのである。

DATA
  • 原題/Swimming Pool
  • 製作年/2004年
  • 製作国/フランス、イギリス
  • 上映時間/102分
STAFF
  • 監督/フランソワ・オゾン
  • 製作/オリヴィエ・デルボスク、マルク・ミソニエ、ティモシー・バリル、クリスティン・ドゥ・ジェッケル
  • 脚本/フランソワ・オゾン、エマニュエル・ベルナイム
  • 撮影/ヨリック・ル・ソー
  • 編集/モニカ・コールマン
  • 音楽/フィリップ・ロンビ
CAST
  • シャーロット・ランプリング
  • リュディヴィーヌ・サニエ
  • チャールズ・ダンス
  • マルク・ファイヨール
  • ジャン=マリー・ラムール
  • ミレイユ・モス