観る者を陶酔させる、ビットリオ・ストラーロの幽艶で静謐な映像
『暗殺の森』(1970年)は、イタリアの文豪モラビアの世界的ベストセラー『孤独な青年』を映画化した作品。
13歳の時に、ホモの運転手に犯されそうになったマルチェロ少年は彼を射殺。そのトラウマから逃れるかのように、大人になった彼はファシズムへと身をゆだねていく。
中産階級の娘との婚約すらも、逃避の手段でしかない。やがてファシスト党本部から、フランスに亡命中のクアドリ教授の調査を命じられパリに赴くものの、任務がクアドリの暗殺に変更されて彼は苦悩する…。
『1900年』(1976年)や『ラスト・エンペラー』(1987年)など、ベルトリッチは時代背景やイデオロギーによって振り回される人間を描き続けてきた。本作品の主人公マルチェロも、自らのトラウマによって崩壊していく哀しき男なんだが、少年時代のトラウマがその後の行動原理となるプロセスが欠落しすぎ。
ジャン・ルイ・トランティニャンは、狂気を内に秘めた演技を披露しようと頑張っているが、どーにもこーにも彼の孤独が伝わらないんである。
若きベルトリッチの野心溢れる演出は、実にイタリアーノでトレビアンなんだが、映像の力点とストーリーの力点が噛み合っていない印象を受けてしまう。
しかし、映像は圧倒的に美しい。称賛すべきはビットリオ・ストラーロの幽艶で静謐な映像設計だ。悲劇と喜劇が奇妙に同居した物語をグラフィカルな構図で表現。ブルジョワ階級の崩壊による退廃のヨーロッパを独特の美意識で描ききっている。
その躍動感、綿密なコントラスト!観る者を陶酔させる、流れるような移動撮影は、まさに彼の面目躍如といったところか。
ドミニク・サンダは、退廃的なムードをこれでもかというくらいに発散しているし(唐突なヌードにはビックリしたなあ)、個人的にお気に入りのステファニア・サンドリッチも、しとやかな獣のごとく天真爛漫に立ち回る。しかし、そこに狂気はない。
原題「体制に順応する者」を体現したジャン・ルイ・トランティニャンすら、愛する女が暗殺の森で死んで行くのをただ見つめるだけの、負け犬にしかすぎなかったのだ。
- 原題/Il Conformista
- 製作年/1970年
- 製作国/ドイツ、フランス、イタリア
- 上映時間/107分
- 監督/ベルナルド・ベルトルッチ
- 脚本/ベルナルド・ベルトルッチ
- 製作/マリツィオ・ロディ・フェ
- 製作総指揮/ジョヴァンニ・ベルトルッチ
- 原作/アルベルト・モラヴィア
- 音楽/ジョルジュ・ドリリュー
- 編集/フランコ・アルカッリ
- 撮影/ビットリオ・ストラーロ
- ジャン=ルイ・トランティニャン
- ドミニク・サンダ
- ステファニア・サンドレッリ
- ピエール・クレマンティ
- イヴォンヌ・サンソン
- エンツォ・タラシオ
- ジュゼッペ・アドバッティ
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