『Romantic Warrior』(1976年/リターン・トゥ・フォーエヴァー)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Romantic Warrior』(1976年)は、リターン・トゥ・フォーエヴァーが発表した6作目のアルバム。リーダーであるチック・コリアのプロデュースによって制作され、アル・ディ・メオラの鋭角的なギターやスタンリー・クラークの躍動するベースと、多彩なシンセサイザー群の響きが激しく交差し、高度なジャズの即興性とプログレッシブ・ロックの構築美が自然に共存する。「Medieval Overture」「Romantic Warrior」「Duel of the Jester and the Tyrant, Pts. 1 & 2」などの楽曲が収録され、緻密なアンサンブルの中に、中世のファンタジーを想起させる壮大でロマンティックな温度が漂う。
マイルス・デイヴィスの呪縛とフュージョンの天外魔境
正統的かつ保守的なジャズ・ファンを気取るつもりなど毛頭ないし、ジャズの歴史についてご大層な一家言を持っているわけでもない。だけど、僕はどうしてもエレクトリック・ジャズ、いわゆるフュージョンというジャンルが受け付けられなかった。
その原因は、帝王マイルス・デイヴィスの問題作『Bitches Brew』(1970年)にある。このアルバムを初めて耳にした時の、あの背筋が凍るような天外魔境ぶりといったら!
16ビートの複雑怪奇なリズムのジャングルから、得体の知れない呪術的なサウンドが這いずり出てくる。それは当時の僕にとって、いかんともしがたいほど生理的に全く受け入れられない、不気味で暴力的な音の塊であった。
この強烈な拒絶反応によって、僕はフュージョンというジャンルに対して固く心のシャッターを下ろし、以降はほとんどその手の音楽に触れることなく生きてきたのである。サッパリ分からないものは、分からないままでいいじゃんか。
にも、関わらずだ。そんなフュージョン・アレルギーの僕のレコード棚のど真ん中に、例外中の例外として鎮座しているアルバムがある。『Bitches Brew』の録音にも参加していた天才ピアニスト、チック・コリア率いるリターン・トゥ・フォーエヴァーの『Romantic Warrior』(1976年)だ。
この作品は、僕が忌み嫌っていたエレクトリック・ジャズの要素をすべてブチ込みながらも、全く別の次元へと昇華させてしまった奇跡の名盤である。
再生ボタンを押した瞬間から、スペーシーで煌びやかなシンセサイザーの宇宙空間が広がり、アル・ディ・メオラの弾き倒す超絶技巧のエレキ・ギターがマシンガンのように乱れ撃ちされる。
そこにスタンリー・クラークの地鳴りのようなスラップ・ベースと、レニー・ホワイトのファンキー極まりない変拍子ビートが絡み合い、息を呑むようなプログレ・サウンドが巨大な津波となって押し寄せてくるのだ。
クラシック音楽のような緻密な構成力と、ロックの暴力的なエネルギー。空調の効いた無菌室で宇宙空間をハイスピードでぶっ飛ばしているような、恐るべきカタルシス。
フュージョンに苦い思い出しかないこの僕が、なぜこのアルバムだけは狂ったように愛聴し続けているのだ。
島田荘司が仕掛けたミステリーと青春の時限爆弾
『Romantic Warrior』にどハマリした理由のひとつが、日本ミステリー界の巨匠・島田荘司が放った小説『異邦の騎士』(1988年)の重要なモチーフとして、このアルバムが決定的な役割を果たしていたから。
事の発端は、大学時代の友人T氏(変態)の強烈なプッシュだった。「島田荘司はイイ!今すぐ読め!」と、半ば強制的に『占星術殺人事件』(1981年)の文庫本を顔面に叩きつけられたのがすべての始まり。その面白さに脳髄をぶん殴られた僕は、完全に島田作品にハマってしまい、一心不乱に彼の著作を読み漁る日々に突入する。
数ある名作の中でも、ファンからのひときわ熱い支持を受け続けている『異邦の騎士』は、本格ミステリーという枠には収まらない。記憶を失った青年が辿る孤独な旅路と、運命的な女性との悲恋。これはミステリーの皮を被った、あまりにも美しく、そしてホロ苦い究極の青春小説なのだ。
物語の文章の端々には、モラトリアム期を漂うユースフルデイズ特有のヒリヒリとした不安や、取り返しのつかない喪失の痛みが、まるで鋭利なガラスの破片のように刻印されている。
そして、その痛みに満ちた物語の背景で、主人公の魂を激しく揺さぶる劇伴として鳴り響いているのが、他でもないリターン・トゥ・フォーエヴァーの音楽だった。
島田荘司は本作のあとがきに、次のような文章を寄せている。
リターン・トゥ・フォーエヴァーの音楽を聴くことは、いつも強烈な刺激だった。たった数十分で、エネルギーのバッテリィを瞬間チャージされる気分だった
人間技とは思えないような曲芸的プレイを、世界一流のミュージシャンが血の滲むような徹底した練習を経て、寸分の狂いもないアンサンブルとして達成する。
彼らの驚異的な演奏スピードがジャスト・ミートして繰り広げられるその音の洪水は、二度と聴けない奇跡の音楽。島田はチックの完全主義にいつも頭が下がったと述懐しているのだ。
そして、「世界にはこれほど真面目に、真剣に仕事をする奴がいる、とても遊んでられない」と結んでいる。この言葉は、ミステリーの謎解き以上に、当時の僕の心臓を強く鷲掴みにしたのである。
生身の肉体が鳴らす完全主義という名の「救済」
大学を中退し、特に目指すべき夢も希望も見出せないまま、ただ自堕落に人生の貴重な時間をドブに捨てていた当時の僕にとって、このアルバムと島田荘司の言葉は、文字通りの劇薬だった。
世界最高の才能を持った天才たちが、さらなる高みを目指して一切の妥協を許さず、ミリ秒単位で己の肉体と技術を限界まで酷使している。その事実を叩きつけられた時、部屋のベッドで無為に天井を見つめていた自分が、いかにちっぽけで情けない存在であるかを思い知らされた。
島田も言及しているが、このアルバムの白眉はなんと言ってもタイトル・ナンバーであるM-3「Romantic Warrior」だ。驚くべきことに、あれだけ最先端のシンセサイザーやエフェクターを駆使して未来的サウンドを構築していた彼らが、この曲では電気楽器をいっさい使用していない。
アコースティック・ピアノ、アコースティック・ギター、ウッド・ベースという完全に生身の楽器ひとつだけを武器にして、彼らは恐るべきテンションで究極のインタープレイを繰り広げていく。
ディストーションという音の化粧でごまかすことも、テクノロジーの力で音圧を厚くさせることもせず、ただ己の指先から放たれる実力のみで、さらなる未踏の領域へと駆け上がろうとしている。剥き出しの才能のぶつかり合いは、どんな最新機材よりもエキサイティングではないか!
この曲を聴くたびに、僕の全身の血液は沸騰し、「俺も早くこんな腐った生活から抜け出さなくては!」と、強烈に己の気持ちを奮い立たせられたものだ。
彼らの演奏は、単なる娯楽としての音楽を超え、怠惰な日常に対する痛烈な説教であり、同時に魂のバッテリーをフル充電してくれる圧倒的な救済でもあった。
間違いなく、己が辿ってきた人生と不可分な音楽というものが、この世には存在する。少なくとも僕にとってリターン・トゥ・フォーエヴァーの『Romantic Warrior』は、そのような作品だ。だからこのアルバムを語ることは、自分自身を語ることと同義でもある。
それが、音楽というものが持つ効用のひとつであると、僕は考えている。
- アーティスト/リターン・トゥ・フォーエヴァー
- 発売年/1976
- レーベル/コロムビア・レコード
- ジャンル/ジャズ、フュージョン
- プロデューサー/チック・コリア
- 1. Medieval Overture
- 2. Sorceress
- 3. Romantic Warrior
- 4. Majestic Dance
- 5. Magician
- 6. Duel of the Jester and the Tyrant, Pts. 1 & 2
- Romantic Warrior(1976年/コロムビア・レコード)
![Romantic Warrior/リターン・トゥ・フォーエヴァー[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/61JtItbLVQL-e1707316071985.jpg)
![Bitches Brew/マイルス・デイヴィス[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/818KQSi6A5L._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1775360368660.webp)
![異邦の騎士/島田荘司[本]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/815yIykV-L._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1775360504552.webp)