骨の随まで野球バカである水島新司による、一世一代の野球漫画
野球漫画の傑作、『ドカベン』(1972年〜1981年)は柔道漫画としてスタートした。当初より主人公・山田太郎が野球に驚異的な才能があることはさりげなく触れられてはいたが、ドカベンがやっと野球をはじめるまでには単行本数冊分の時間を必要としたのである。気の長いマンガだ。
考えてみると、あの『あしたのジョー』(1968年〜1973年)も当初は「少年院マンガか?」と思うほどボクシングがなかなかでてこなかったし、『タッチ』(1981年〜1986年)だって達也が野球を始めるまでやたら時間がかかった(そのかわりカッちゃんが頑張っていたけど)。
まずは軸となるメインキャラクターを掘り下げることに専念し、キャラが固まってからスポーツの世界に羽ばたかせるという手法は、『ドカベン』が先駆だったのかもしれない。
山田太郎というおそろしく地味なキャラを主役に据えるというのは、裏返しすれば水島新司にストーリーテーリングの自信があったからに違いない。キャラが立っていれば、ストーリーもおのずから決まってくる訳だが、このズングリムックリした高校生が主役では、どーにもこーにも、いかんともしがたいではないか。
しかし水島新司は、自家薬籠中のものとした野球マンガならば、少年誌の週刊連載が乗り切れると判断したのだろう。そしてその判断は正しかったのだ。
主役は地味だが脇をしめるキャラは魅力的だ。悪球打ちの岩鬼、秘打の殿馬、サブマリン里中。特に岩鬼という、とてつもないキャラクターを生み出したことが、大ヒットの秘密だろう。
ドまん中は打てないが悪球は打つ、美人は嫌いだが不美人は大好き、身長190センチ近い体躯で、大金持ちの息子。大型扇風機のごとき豪快なスイングにボールが当たれば、「グワラグラキイイイイイイイイイン!!」という擬音と共にスタンドへ一直線。訳の分からん設定だが、破天荒な彼をサブに配置したことによってドラマに奥行きが与えられたのである。
最近は『ドカベン プロ野球編』(1995年〜2003年)でも頑張っているドカベンとその仲間たちだが、昔からのファンでも首をかしげざるを得ない、パラレルワールドになってしまっている。
「史上最強のバッターは山田太郎」などと、某インタビューで本気で答えてしまった水島新司は、現実と自らがつくり出した仮想世界がゴッチャになってしまったのか。骨の随まで野球バカである水島新司の、一世一代の野球漫画が「ドカベン」なのだ。
- 著者/水島新司
- 発表年/1972年〜1981年
- 掲載誌/週刊少年チャンピオン
- 出版社/秋田書店
- 巻数/全48巻
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