そもそも国分寺で「ピーター・キャット」なるジャズ喫茶を経営していた彼は、神宮球場でヤクルトの試合を見ていると突然小説を書きたくなったという、それだけ聞くとスーパーナチュラル以外のなにものでもない理由で作家に転向している。そんな事実さえも、彼の文章にかかれば極めて自然な、地続き感のある事象に思えてしまうんである。
主観的事実を読者向けに客観的に移し替えるのではなく、その主観をそのまま読者に脳内発生させてしまうような、マジカルな言葉の魔法。村上春樹の華麗な文章テクニックを存分に味わうには、僕は昔から小説よりもエッセイのほうが適しているんではないか、と思っていた。
1986年~1989年までの3年間、イタリアやギリシアなどヨーロッパに滞在した日々を綴ったエッセイ集『遠い太鼓』(1990年)は、まさに格好の一冊である。
タイトルは、村上が深い愛着を感じるトルコの古謡から取られた。冒頭には「トルコの古い歌」として数行の詩が掲載されている。
- 著者/村上春樹
- 発売年/1990年
- 出版社/講談社
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