人間の醜悪な部分を暴き、徹底してエゴイズムを描く、悪夢的『十五少年漂流記』
冷静に観察してみると分かるが、梅図かずおは実はマンガがドヘタである。何がヘタって、「人物の動き」がヘタである。
走っていようが跳んでいようが全くモーションが感じられず、まるで静止画のようだ。本人もそれは自覚しているとみえて、やたら斜線を入れたりフキダシを使ったりして苦心しているようだが、その斜線の数がハンパじゃないので実にブキミである。
例えば、『漂流教室』(1972年〜1974年)の主人公の翔くんは、朝起こしてくれなかったことに腹をたて、母親と口論する。この時の親子のテンションは異常だ。
「なんで朝起こしてくれなかったの!!!」
「あなたがいつも朝起きないからよ!!!!」
お互いの目は見開き(っていうか瞳孔が開き)、眉は釣り上がり、今にも大殺戮が始まりそうな異様な空気に包まれる。しかしこれは、どの家庭にもある日常的なヒトコマなのだ。梅図かずおの描画はあきらかにトチ狂ってる。
『漂流教室』の基本プロットは単純だ。小学校が突然未来へタイムスリップし、残された子供たちが一致団結しながら困難に打ち勝っていくというストーリーは、児童文学の名作『十五少年漂流記』にも酷似している。
…が、そのテイストはま~~~~~ったく違う。いたいけなガキが死ぬわ死ぬわ。パニックになった山本さんが自殺したり、雨乞いの儀式として生徒が火あぶりにされたり、怪虫に襲われて首チョン切られたり、未来キノコを食べて突然変異したり。
862人いた大和小学校の生徒たちが、最終的に生き残ったのは100人あまり。これに比べれば『バトルロワイヤル』(2000年)なんかまだカワイイもんだ。鬼畜キャラがてんこ盛りなのも『漂流教室』の魅力だが、極め付けなのは給食屋の関谷さんだろう。
給食室のパンを独占しようとして先生や生徒をブチ殺し、チャカをちらつかせて子供たちを手下のようにコキ使う様は、悪玉キャラのカガミである。
「オトナってキタナイ、コドモって純真」という定型化された手であるが、ここまで徹底的にやられるとシラフでは読めなくなってくる。個人的にはいい人キャラだったのに、突然発狂して人を殺しまくる若原先生も捨て難いキャラだ。
しかし結局このマンガのテーマは何かといえば、それは「愛」なのだ!!なんだかんだいっても「愛」なのだ!!それも親子愛。母親は息子のピンチを直感で知り(それには何の論理的説明はない)、ホテルの壁を壊してナイフを埋めたり、病院に忍び込んで死体にクスリを詰めたりする。
これを親子愛と言わず何と言おう。愚かな人類が残した傷跡を再生すべく、未来に取り残された子供たちは明日への希望をもって生き抜いていく。その思いを母親はしっかりと抱き締める。いい話ではないか。
生きるためにはモラルなど構っていられない。ゆえにドラマは人間の醜悪な部分を暴き、徹底してエゴイズムを描き切っていく。このようなハードな世界観をもった作品もそうはない。
- 著者/楳図かずお
- 発表年/1972年〜1974年
- 掲載誌/週刊少年サンデー
- 出版社/小学館
- 巻数/全11巻
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