ニッポニアニッポン/阿部和重

ニッポニアニッポン

絶滅に危機に瀕している野鳥トキは、ニッポニアニッポンという学名が表象するように、日本という国家そのものを象徴する存在。

その生息数を増やすべく、日本政府は中国からつがいのトキを連れてきて人工繁殖を試みているが、そこから誕生するのは、生物学的にはもはや日本のトキとはいえないはず。

にもかかわらず、日本はいわば“カタチだけのナショナリズム”を々と施行している。しかし真のナショナリズムを指向するならば、中国製のトキを繁殖させることなんぞ、愚行以外のなにものではない!トキを強奪・殺害することによって、日本に革命を起こすのだ!

そんな夢を見る少年・鴇谷春生の物語を、「国の天然記念物であるトキをモチーフにして、日本という国家の矛盾を鮮やかな描き出した作品」と一言で片付けるのは容易いが、別に阿部和重の狙いはイデオロギッシュに物語を進行させることではないだろう。

っていうか、むしろ“イデオロギッシュにも成りきれないことの絶望感”が、本作の核心であるような気がする。これはいわば、ドン・キホーテのような妄想冒険談だ。トキに関する詳細なインフォメーションをネットで入手した鴇谷少年が、脳内だけで構築された未曾有のプロジェクトに悦に入る。

しかし実際には、未成熟な精神と稚拙すぎるプランニングにより、トキの解放・警備員の殺害という不慮の事件を起こして、計画は頓挫してしまう(そもそも己の命運をかけておこなったはずのこの計画も、14歳のプチ家出少女との出会いによって簡単に揺るいでしまうのだ)。

ラストのこの肩すかし感は、ウヨクだサヨクだと名乗っていれば己の青春を完全燃焼できた時代との隔たりを鮮明化し、ゼロ年代の無常感を浮かび上がらせている。

結局本作において鴇谷少年の純粋性は、ストーカー行為という不器用なカタチでしか昇華されていない。青春すなわち性春であるという、イデオロギッシュでもなんでもない当たり目すぎる事実こそ、物語の中核である。

“イデオロギッシュにも成りきれないことの絶望感”すら、我々の世代にはデフォルトでインプットされている感覚な訳で、阿部和重はそれを巧妙な手つきで、極めて自覚的に顕在化させてみせる。ゼロ年代にブンガクをやるということは、もはやこーゆーことしかない!というような確信をもって。

DATA
  • 著者/阿部和重
  • 発売年/2001年
  • 出版社/新潮社

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