2026/5/3

『Everybody』(2007)徹底解説|シー・アンド・ケイクによるオルタネイティブな冒険

『Everybody』(2007年/シー・アンド・ケイク)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
6
OKAY

概要

『Everybody』(2007年)は、シー・アンド・ケイク(The Sea and Cake)が発表した7枚目のアルバム。計算し尽くされた緻密なリズムと、サム・プレコップの囁くような優しい歌声が見事に調和。親しみやすいギター・ポップのメロディに、ジャズやソフト・ロックのおしゃれな雰囲気が自然に溶け込む。高い演奏技術を持ちながらも、決して難解にならず、心地よいポップ・ミュージックとして美しくまとめ上げられた一枚。

目次

シカゴ音響派の神話

前作『One Bedroom』(2003年)から、実に4年4ヶ月という長いインターバルを経て届けられた、ザ・シー・アンド・ケイクの7枚目となるフル・アルバム『Everybody』(2007年)。

この素晴らしい帰還を祝うかのように、2007年12月2日(日)、彼らの東京での来日公演が開催されるという知らせを耳にした。

その瞬間、僕は「これは何が何でも駆けつけねばなるまい!」と、まるでダイヤモンドの原石のごとく固い決意を胸に抱いた。そして無事にチケットを確保し、前職の同僚であるO氏と連れ立って、いそいそと渋谷クラブクアトロへと馳せ参じたのである。

いやはや、ステージ上の彼らは控えめに言っても最高にクールだった。サム・プレコップ、アーチャー・プレウィット、エリック・クラリッジ、そしてジョン・マッケンタイア。シカゴのインディー・シーンを牽引してきた4人のジェントルマンなオジサマたちが、四者四様の個性的でラフな出で立ちでステージに登場する。

彼らが鳴らし始めたのは、長い年月をかけて熟成に熟成を重ねた、極上のコンビネーション・プレイだった。フロアを埋め尽くしたオーディエンスは、その心地よいグルーヴにたちまち熱狂の渦へと巻き込まれていった。

興奮のあまりセットリストの詳細は記憶の彼方に飛んでしまったが、やはりリリースされたばかりの『Everybody』の収録曲がセットの中心を担っていたと記憶している。

何より痛快だったのは、彼らの音楽につきまとうシカゴ音響派やポスト・ロックといった、どこか理知的で冷ややかなイメージが見事に裏切られたことだ。

実際に生のステージで体感する彼らのサウンドは、驚くほどダイナミックで、生々しいロックンロールだった。ジェントルで知的なムードをふわりと漂わせながらも、リズム隊が叩き出す力強いアタック感や、アンサンブルが熱を帯びていく高揚感は、紛れもなく肉体的なロック・ミュージックのそれだったのだ。

エレクトロニカからの鮮やかな回帰

ライブで感じたそのロックバンドとしての肉体性は、新作のコンセプトそのものでもあった。

事実、フロントマンのサム・プレコップは『Everybody』の仕上がりについて、「これまで自分たちが作ってきたアルバムの中で、最もストレートであり、初心に立ち返ったような作品だ」と誇らしげに語っている。

彼らは前作『One Bedroom』において、シンセサイザーやプログラミングを大胆に導入し、ポスト・ロックとエレクトロニカをシームレスに融合させるという、ひとつの実験的な頂点に達していた。そこから一転、本作では過剰なデジタル・レイヤーを潔く剥ぎ取り、180度の方向転換をやってのけたのだ。

彼らが立ち返ったのは、まるでザ・キンクス(The Kinks)を彷彿とさせるような、風通しの良いシンプルなギター・ポップの世界である。

美しいメロディライン、温かみのあるコード進行、そしてサムとアーチャーによる絶妙なツイン・ギターの絡み合い。それは決して時代に逆行する「退行」などではなく、自分たちが紡ぎ出す楽曲そのものの強さを信じ抜くという、力強い宣言だった。

知的な音響処理のベールを脱ぎ捨て、4人の人間がひとつの部屋に集まって音を鳴らす喜び。そのプリミティヴな初期衝動を包み隠さずレコードの溝に刻み込んだからこそ、このアルバムは『Everybody』という、これ以上ないほど開かれた、親密なタイトルを冠しているのである。

成熟の先にある冒険

この「ストレートなバンド・サウンドへの回帰」を裏打ちしているのが、彼らが本作で行った“ある重大な決断”である。それは、バンドの歴史上初めて外部プロデューサーを起用したことだ。

シー・アンド・ケイクといえば、シカゴ音響派の中心人物であり、稀代のエンジニアでもあるジョン・マッケンタイアによる、緻密なセルフ・プロデュース体制が絶対的なシグネチャーだった。自分たちの手の内でサウンドの隅々までをコントロールし、完璧な音響空間を構築する。それが彼らの美学だったはずだ。

しかし彼らは、本作でベックやウィルコ、スリントなどの傑作を手がけてきた名匠、ブライアン・ポールソンにプロデュースの椅子を明け渡した。

ポールソンは、スタジオでの過剰な作り込みよりも、バンドが放つ生々しいライブ感をテープに定着させることに長けた人物。マッケンタイアという完璧なフィルターをあえて外し、他者の視点という異物を混入させること。それは、長年キャリアを積んできたベテランバンドにとって、極めて勇気のいる決断だったに違いない。

結果として、ポールソンの手腕は見事に功を奏した。彼らはスタジオ・マジックの背後に隠れることをやめ、息遣いさえ聴こえてくるような生身のバンド・アンサンブルを見事に開花させたのである。

つまり『Everybody』とは、自分たちの殻を打ち破り、あえてコントロールを手放すことで新しい風を呼び込んだ、オルタナティヴな冒険。

あの夜、渋谷クアトロで僕たちの身体を揺らした熱気は、彼らが果敢に挑んだこの素晴らしい冒険の、何よりの証明だったのである。

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. Up on Crutches
  2. 2. Too Strong
  3. 3. Crossing Lines
  4. 4. Midnight
  5. 5. Coconut
  6. 6. Exact to Me
  7. 7. Lightning
  8. 8. Introducing
  9. 9. Left One
  10. 10. Transparent
シー・アンド・ケイク アルバムレビュー