2026/5/1

『Car Alarm』(2008)徹底解説|ポスト・ロックの軽やかな超克

『Car Alarm』(2008年/シー・アンド・ケイク)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
6
OKAY

概要

『Car Alarm』(2008年)は、シー・アンド・ケイクが、その洗練された音楽性をさらに研ぎ澄ませた通算8作目のアルバム。ジョン・マッケンタイアによる極めて緻密で透明度の高い音響設計と、バンドが長年培ってきた軽妙なアンサンブルが融合し、ポスト・ロックの枠組みを軽やかに超えるポップ・ミュージックの極致を提示。「Aerial」や「Weekend」に顕著な、ボサノヴァ的な浮遊感とタイトなロック・グルーヴの共存は、聴く者に都会的で静謐な高揚感をもたらす。

受賞歴
  • 2009年ミュージック・マガジン:年間ベスト・アルバム ロック[海外]部門 第10位
目次

異例のハイペースで生み出された、洗練と原点回帰の背景

ストレートなギター・ロックへの回帰を見せ、ライブ・バンドとしての肉体性をアピールした前作『Everybody』(2007年)から、わずか1年。彼らにしては異例の短いインターバルで届けられたのが、『Car Alarm』(2008年)だ。

寡作なことで知られる彼らが、これほどのハイペースで新作を完成させた背景には、前作に伴うツアーで培われたバンド内の強固なグルーヴと、枯渇することのないクリエイティビティの充実があった。

そもそも彼らは、トータスの中心人物であるジョン・マッケンタイアをはじめ、ソロ名義やコミック作家としても活動するアーチャー・プルウィット、写真家としての顔も持つサム・プレコップ、画家としても評価されるエリック・クラリッジと、それぞれが独立した芸術家として多忙な日々を送っている。そんな彼らがすぐさまスタジオに集結した事実が、クリエイティヴが良好な状態にあったことを証明している。

シカゴ音響派の総本山とも言えるソマ・エレクトロニック・ミュージック・スタジオで録音され、マッケンタイア自身がプロデュースを手掛けている。

One Bedroom』(2003年)の頃に見られた、シンセサイザーやプログラミングによるエレクトロニカなエッセンスも絶妙に交えつつ、いかにもシカゴ音響派らしい。スマートで洗練されたサウンド・プロダクションへと見事な原点回帰を果たした。

時間を気にせず音響的実験に没頭できるスタジオの環境が、彼らの精緻なサウンド・デザインをより高い次元へと押し上げているのだ。

ソフト&メロウの極致と音楽的探求

アルバムは、疾走感のあるギター・リフと、マッケンタイアのモータリックで推進力に満ちたビートが印象的なロック・ナンバー「Aerial」で幕を開ける。

『Everybody』で提示したロックンロールな熱量と、バンドのダイナミズムをそのまま引き継いでいるかのように思わせるが、続くM-2「A Fuller Moon」の柔らかなバンド・アンサンブルが示すように、全体を包み込んでいるのは『Nassau』(1995年)や『The Fawn』(1997年)の頃のような、涼しげで清涼感のあるポスト・ロックの響きだ。

プレコップのささやくような独特のボーカルと、複雑なテンションを含んだジャズ・ライクなコード進行。そこにプルウィットの流麗でアルペジオを多用したギター・ワークが幾重にも重なり合うことで、極上の心地よさを生み出している。

そして、クラリッジのメロディアスでうねるようなベースラインと、マッケンタイアの正確無比でありながらもポリリズムを多用した有機的なドラミングが、強靭な屋台骨を形成している。

その一方で、終盤に用意されたM-12「Mirrors」では、ヴァン・ダイク・パークスの歴史的名盤『Discover America』(1972年)からインスパイアを受けたという、彼らにしては非常に珍しいスティール・パンをフィーチャーしたインストゥルメンタル・ナンバーだ。

トロピカルなカリプソやエキゾチカの要素を、シカゴという冷ややかな都市のサウンドスケープに落とし込むという試みは実にスリリング。ミニマルな骨格の中に、レコード・ディガーとしてのバラエティーに富んだアイディアがさりげなく詰め込まれているのも、本作の大きな魅力と言える。

「commmons」からのリリース

…で、音楽的な内容とは直接関係のないどーでもいいことかもしれないが、この『Car Alarm』、日本盤はなんと坂本龍一が主宰するレーベル「commmons(コモンズ)」からリリースされている。

commmonsといえば、2006年に「音楽の共有」を理念に掲げて設立されたレーベルだが、その親元はあの巨大エンターテインメント企業、エイベックス(avex trax)である。

ベティナ・リチャーズが主宰し、徹底したインディペンデント精神とDIYな運営で知られる「スリル・ジョッキー・レコーズ」の看板バンドが、エイベックスの巨大な流通網に乗って日本全国のCDショップに並ぶという事実。

これは当時の洋楽インディー・シーンを追っていたリスナーからすれば、アンダーグラウンドとメジャーのシステムが直結したような、少なからず衝撃的な出来事だった。

しかし、冷静に考えれば、電子音楽とアコースティックの融合を探求し、ジャンルの垣根を越えて前衛とポップスを行き来する坂本龍一の音楽的指向と、ザ・シー・アンド・ケイクが構築してきた知的で洗練されたサウンドスケープには、確かな共鳴があったはずだ。

事実、坂本はこの時期、クリスチャン・フェネスやアルヴァ・ノトといった先鋭的な電子音楽家たちとのコラボレーションを活発に行なっており、シカゴをはじめとする音響派的なアプローチへの理解も極めて深かった。良質な海外インディー作品を、自身のキュレーションによって日本の幅広い層へ紹介しようとする確かな意志を感じる。

当時の音楽業界のダイナミズム、あるいはオルタナティヴなインディー・ロックがメジャーのシステムと奇妙に交差したこの現象には、なんともものすごいことになってきたなと、妙な感慨を抱いてしまったのをよく覚えている。

本作は、音楽的な成熟度だけでなく、そうした2000年代後半特有のクロスオーバーな空気感までもパッケージングした、特異なマイルストーンとして今も輝きを放っている。

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. Aerial
  2. 2. Fuller Moon
  3. 3. On a Letter
  4. 4. CMS Sequence
  5. 5. Car Alarm
  6. 6. Weekend
  7. 7. New Schools
  8. 8. Window Sills
  9. 9. Down in the City
  10. 10. Pages
  11. 11. Staircase
  12. 12. Mirrors
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