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Highvision/SUPERCAR

『Highvision』──21世紀型の青春が凝固した、電子の音塊

『HIGHVISION』(2002年)は、青森出身のバンドSUPERCARが制作したアルバムで、砂原良徳と益子樹が共同プロデュースを担当した。電子音と生演奏が等価に響き合う構成を持ち、光のように透き通るサウンドが全編を包む。「YUMEGIWA LAST BOY」や「STROBOLIGHTS」など、機械と感情のあいだを漂う楽曲が並び、21世紀の新しい青春像を描き出す。音の冷たさと温かさが共存するその音楽は、時代の息遣いを閉じ込めた記録でもある。

青の残響──東北的風土と宇宙的感性

SUPERCARというバンドの音楽には、常に“風”の匂いがある。青森出身という出自が生む、冷たく乾いた空気の質感。音の粒子が光に透けるような透明感。そのすべてが、土地の記憶と深く結びついている。

中村弘二の声は、機械的なクールさと人間的な温度の狭間に揺れながら、リスナーの内面に静かに沈殿する。彼らのサウンドには、宮沢賢治の文学に通じる“自然と宇宙のあいだ”の気配がある。

結成当初からSUPERCARは、シンプルなバンド編成を保ちながら、音の設計を不断に更新してきた。轟音のギター・ノイズに包まれた初期作品から、デジタルのテクスチャを組み込んだ中期作へ──その変化は決して劇的ではなく、東北の雪解けのように、静かに、しかし確実に進んでいった。彼らの“青さ”とは、未熟さではなく、冷気のように研ぎ澄まされた感性の別名だった。

当時、日本のロックは〈渋谷系〉の終焉と〈ポスト・ロック〉の胎動が交錯する狭間にあった。SUPERCARはその両者をつなぐ“橋梁”のような存在である。

渋谷系が都市的洗練を極めて終息へと向かう一方、彼らは“郊外からの電子”を鳴らし、空虚な都市文化に風穴を開けた。ギターバンドが電子音へと軸足を移す転換点に立ち、ロックが自己の構造を更新していくための触媒となった。

音の建築──テクノロジーと感情の融合

2001年、シングル『YUMEGIWA LAST BOY』がリリースされる。プロデューサーは砂原良徳。テクノ以降のミニマリズムを導入しつつ、バンドの有機的な呼吸を失わないという離れ業をやってのけた。

その結果生まれたのは、電子音が“呼吸する”音楽。ビートと空気、デジタルと人間の呼吸。そのあわいにSUPERCARは立っていた。

翌2002年、アルバム『HIGHVISION』で彼らは臨界点に到達する。益子樹を共同プロデューサーに迎え、エレクトロニクスと生音が完全に融解する音響構造を構築。ここにあるのはもはやロックでもテクノでもない、“21世紀型のポップ・サイエンス”だ。

アルバムの核にあるのは、四つ打ちのリズムと、光を反射するようなアナログ・シンセの旋律。特に「YUMEGIWA LAST BOY」は、空間を包み込む低音と、宙を漂うヴォーカルが同一平面に存在するという奇跡的バランスで成立している。そこには、デジタルの冷たさも、感情の過剰もない。あるのはただ、“均衡”という美学だ。

この「均衡」は単なる音響設計ではなく、哲学的実験でもある。ギター、シンセ、ドラム、声──それぞれの要素が主張するのではなく、同一平面上で等価に響き合うようにミックスされている。

その手法はまるで建築のように精密で、バンドという有機体を一度解体し、電子的設計図の上に再構築したかのようだ。前作『Futurama』で導入されたサンプルドラムの使用を、本作では全面的に拡張し、電子音を“第5の楽器”として鳴らすことに成功している。

SUPERCARにおいてテクノロジーは、人間の感情を冷却する道具ではなく、感情を〈設計〉するための装置だった。デジタル・プロセッシングの中で声は“拡張された身体”となり、音そのものが生き物のように脈動する。そこではテクノロジーが人間を超克するのではなく、人間の感情がテクノロジーを媒介にして再定義されているのだ。

さらに制作面でも彼らは実験を繰り返した。アナログ機材とソフトウェアを並行して使用し、電子処理と空気感の両立を図る録音設計。『サウンド&レコーディング・マガジン』によれば、のちのレコード化ではスタンパー製作やプレス工場の工程まで含め“音の物理性”を検証したという。つまり『HIGHVISION』は、スタジオで完結しない、音響そのものの存在論的探求だった。

このアルバムを聴くと、電子音が決して無機質ではなく、人間の温度を持つことに気づかされる。冷たさの中に体温があり、機械の中に心臓がある。SUPERCARはその矛盾を、音の中で美しく整合させた。

電子の青春──『ピンポン』と21世紀のノスタルジー

「YUMEGIWA LAST BOY」が映画『ピンポン』(2002年)の主題歌として使用されたのは偶然ではない。曽利文彦の映像が描く“疾走と静止”“衝動と孤独”という構造が、SUPERCARの音楽と同質だからだ。

CGと人間ドラマを融合させた映像手法は、まさに『HIGHVISION』の音響構造とパラレルな関係にある。デジタルとエモーションの共存。冷却された熱情。そこに共鳴する“21世紀の感情構造”がある。

“涙が鉄の味がする”という比喩のように、彼らのサウンドは冷たさと熱を同時に孕む。電子音の硬質な表面に、微かな血の気が通っている。その不均衡こそが、00年代初頭という時代の感情を象徴している。

『HIGHVISION』は、青春の“未完成”を肯定するアルバムだ。完全でも不完全でもない、ただその途中にある存在の美しさ。SUPERCARが鳴らしたのは、未来への郷愁だった。

その後、彼らの遺伝子はLAMA、the HIATUS、yahyel、millennium paradeなどへ受け継がれ、日本のポップ・ミュージックの奥底で微かに共振を続けていくことになる。

耳を澄ませ。その電子の音塊には、21世紀型の青春が凝固している。

DATA
  • アーティスト/SUPERCAR
  • 発売年/2002年
  • レーベル/KRE
PLAY LIST
  1. STARLINE
  2. WARNING BELL
  3. STORYWRITER
  4. AOHARU YOUTH
  5. OTOGI NATION
  6. STROBOLIGHTS
  7. I
  8. YUMEGIWA LAST BOY
  9. NIJIIRO DARKNESS
  10. SILENT YARITORI