2017/9/30

『Vocal Studies + Uprock Narratives』(2001)徹底解説|エレクトロニカとオーガニックな響きが交差する、熟練のポップ・アンサンブル

『Vocal Studies + Uprock Narratives』(2001年/プレフューズ73)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
9 GREAT
目次

ボーカルチョップが切り開いた有機的なメロディの魔法

ラップは行動であり、ヒップホップは信条である。

かつて誰かがそんな風に語っていた気がするが、僕が今ひとつオールドスクールなヒップホップに深く馴染めないのは、社会に対する怒りや挑発的なメッセージ性があまりにも強すぎて、純粋な音の快楽として楽しむ余地を削いでしまっているように感じるからだ。

社会啓蒙や政治的な主張が前面に出れば出るほど、音楽体験そのものは窮屈になっていく。踊ることを第一の目的とせず、電子音に囲まれた静的で没入的な体験を好む僕のようなリスナーは、もっとまったりと音の海を泳げるような音楽をいつだって求めている。

その点において、スペインを拠点に活動していたアメリカ人クリエイターであるスコット・ヘレンによるソロプロジェクト、プレフューズ73の存在はジャスト自分好みだった。

彼の記念すべきデビューアルバム『Vocal Studies & Uprock Narratives』(2001年)は、既存の音楽素材を解体し再構築するというヒップホップの最もベーシックなフォーマットを、驚くほど知的なサウンドコラージュへと昇華させている。

このアルバムを語る上で絶対に外せないのが、プレフューズ73の代名詞とも言えるボーカルチョップの手法だ。彼はサンプリングした人間の声を極限まで細かく切り刻み、それをまるで新しい楽器の音色のように並べ替えて、まったく別のメロディックなラインを創出してしまう。

その大胆なカットアンドペーストの手つきは、雑誌や新聞の文字をランダムに切り抜いて、まったく新しい文脈の短編小説を書き上げてしまうような面白さに満ちている。

従来のヒップホップにおけるサンプリングが持っていた機械的でループ主体の性格が、彼の手にかかると、驚くほど緻密で有機的な音楽表現へと生まれ変わるのだ。

ドラムパターンやベースラインの配置も、変態的と言えるほど高度に計算されている。ジャズやエレクトロニカに通じるポリリズミックな感覚が随所に散りばめられ、断片化されたボーカルやサンプルが異なる調性の音素として複雑に絡み合う。

決して王道のコード進行ではないのに、気がつけば圧倒的な緊張感と解放感の波に飲み込まれていく心地よさがある。

シカゴ音響派との共鳴とミニマルな美学

スコット・ヘレンの持つこの特異な音響センスの背景には、彼のもうひとつの重要な名義であるサヴァス&サヴァラスの存在がある。そちらの活動で実践していたミニマルでアンビエントな音響実験の成果が、プレフューズ73のビートメイクに多大な影響を与えていることは間違いない。

有機的な音の欠片たちが静的な空間の中でゆっくりと収斂していく彼の手法は、ヒップホップの持つサンプリング精神と結びつきながらも、完全に独自の音響美学を確立している。

さらに見逃せないのが、ザ・シー・アンド・ケイクのサム・プレコップやトータスのジェフ・パーカーといった、シカゴ音響派を代表する重要人物たちとの交流だ。

彼らとのセッションを通して吸収したポストロックやミニマルジャズ的な感覚がビートの根底に接続されることで、このアルバムは単なるインストゥルメンタルヒップホップの枠を軽々と飛び越え、ジャンル横断的な圧倒的豊かさを獲得しているのである。

純正ヒップホップとしての知的サウンドコラージュ

強烈な言葉のメッセージを持たないプレフューズ73の音楽は、一見するとヒップホップの王道からは遠く外れた異端児のように思えるかもしれない。

しかし、既存の音楽を解体して再構築し、サンプリングという手法を通してまったく新しい自己表現を獲得するというアプローチは、ヒップホップが本来持っていた初期衝動や精神性を誰よりも純粋に体現している。

スコット・ヘレン自身にその自覚があったかどうかは定かではないが、彼が機材とソフトウェアの中で緻密に組み上げたこの音のパズルは、まさに純正ヒップホップと呼ぶに相応しい熱量を秘めている。

攻撃的な言葉のナイフがなくても、ビートと音響のセンスだけで世界をひっくり返すことはできる。そんな静かな確信に満ちた、いつ聴いても色褪せないマスターピースだ。

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. Radio Attack
  2. 2. Nuno
  3. 3. Life/Death (with Mikah 9)
  4. 4. Smile In Your Face
  5. 5. Point To B
  6. 6. Five Minutes Away
  7. 7. Living Life (with Rec Eenter)
  8. 8. Eve Of Dextruct
  9. 9. Last Light (with Sam Prekop)
  10. 10. Cliche Intro
  11. 11. Back In Time
  12. 12. Hot Winter's Day
  13. 13. Blacklist (with MF Doom & Aesop Rock)
  14. 14. Untitled
  15. 15. Afternoon Love-In
  16. 16. 7th Message
プレフューズ73 アルバムレビュー