『U.F.O.F.』(2019年/ビッグ・シーフ)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『U.F.O.F.』(2019年)は、ビッグ・シーフが発表した3作目のアルバムであり、アンドリュー・サーロをプロデューサーに迎えて制作された。アコースティック・ギターを中心としたオーガニックな演奏と、エイドリアン・レンカーの神秘的なウィスパー・ボイスが柔らかく溶け合い、フォークの伝統とオルタナティヴな先鋭性が自然に共存する。「Contact」「UFOF」「Cattails」などの楽曲が収録され、緻密なアンサンブルの中に森の静寂や未知への親密な温度が漂う。彼らがバンドとしての録音芸術と深く向き合い、インディー・フォークにおける新しいサウンド領域を切り開いた一枚である。
- 2020年ミュージック・マガジン:年間ベスト・アルバム ロック[海外]部門 第1位
- Pitchfork:The 50 Best Albums of 2019 第3位
ビッグ・シーフが放つ未知なる引力
NPR主催の人気企画Tiny Desk Concertの動画アーカイブの海を漂っていたとき、僕はとんでもないバンドに出くわしてしまった。
本棚に囲まれた激狭いオフィスの片隅で、演奏を始める4人組。それがブルックリン発のインディー・フォーク・バンド、ビッグ・シーフだった。陶酔しきった表情で歌うボーカルのエイドリアン・レンカー、その隣で独自のステップを踏みながら、不規則に肩を揺らして変態的なギターフレーズを爪弾くバック・ミーク。
なんだこの異様な空間は!最初は彼らが放つ奇妙なオーラに完全に戸惑ったが、再生して数分後には、その夢幻的で底知れぬ引力を持つサウンドに頭から爪先まで絡め取られていたのである!
彼らはデビュー作『Masterpiece』(2016年)と、続く『Capacity』(2017年)ですでにUSインディー・シーンにおける確固たる地位を築き上げていた。
しかし、彼らの真の覚醒はレーベルの移籍と共にやってきたのだ。アメリカの老舗〈Saddle Creek〉を飛び出し、なんとコクトー・ツインズやピクシーズといった音楽史に残る異端児たちを輩出してきたイギリスの伝説的レーベル〈4AD〉とサインを交わしたのである。
このレーベルカラーの合致は、もはや運命としか言いようがない。そして放たれた移籍第一弾となるサード・アルバム『U.F.O.F』(2019年)は、彼らが培ってきた土着的なフォークの親密さを限界まで保ちながら、音響的な冒険の果てに宇宙の深淵へとダイブしてしまった歴史的大名盤なのだ!
タイトルの「U.F.O.F」とは、「UFO」と「Friend」を掛け合わせた造語。彼女は堂々と「未知の存在と友達になること、それが私の歌のテーマだ」と語っている。
宇宙人だの幽霊だのといったオカルトチックな見えない存在を、彼らは決して恐怖の対象としては描かない。むしろ、自分たちのすぐ隣に座っている親密で温かな友人のように迎え入れているのだ。
日常の風景の中に超自然的な異界が一切の矛盾なく溶け込んでいるこの異常な世界観こそが、本作を唯一無二の傑作たらしめている最大の理由ではないか!
深い森が封じ込めた、一発録りの魔法と轟音ノイズ
この異界との交信記録をフィルムに焼き付けるため、バンドはワシントン州の深い森の奥にあるベア・クリーク・スタジオへと籠城した。大自然の静寂に包まれたこの密室で、彼らは現代のレコーディングにおける緻密な完璧主義をあっさりと投げ捨て、全曲を一発録りするという狂気の手段に出たのだ。
録音のわずか数時間前に書き上げられた新曲すらも、その場のノリと直感だけでテープに刻み込んでいく。クリック音に合わせて綺麗に整えられた無菌状態の音楽などクソ食らえだ。
彼らが求めたのは、メンバー同士の呼吸が交錯し、その場でしか絶対に生まれない感情の爆発と、生々しい空気の震えそのものだったのである!
その恐るべき成果は、アルバムの幕開けを飾る「Contact」を再生した瞬間に証明される。静謐でドリーミーなフォークソングとして優しく始まったはずの楽曲が、終盤に向かった途端、鼓膜を破るような暴力的な轟音ギターのノイズによって唐突に引き裂かれるのだ。
この狂気に満ちたダイナミクスの急転直下は、美しい自然の調和の裏側に潜む圧倒的な恐怖を提示するようで、聴き手を一瞬にして『U.F.O.F』の深い闇の中へと引きずり込んでいく。最高だ。彼らはリスナーを心地よい眠りにつかせる気など毛頭ない。常に安心感と緊張感のギリギリの境界線を綱渡りさせているのだ。
一方で、「Cattails」ではアメリカの広大な大地を想起させる牧歌的なアコースティック・ギターの旋律が響き渡る。フィールド・レコーディングを思わせるザラついた質感の中で、自然との一体感を恍惚と歌い上げるレンカーの歌声は、どこまでも優しくナチュラルだ。
しかし、続くタイトル曲「UFOF」では、浮遊感のあるアンビエントなサウンドスケープの中で、未知の存在に対する愛着を静かに囁きかける。フォークの素朴な手触りと、ドリーム・ポップの幽玄な音響空間がこれほどまでにシームレスに同居するアルバムが、かつて存在しただろうか?
不協和音すらも抱きしめるインディー・フォーク
ビッグ・シーフというバンドの特異性は、レンカー個人の内省的な探求と、バンドという共同体がもたらす肉体的なグルーヴが、極めて高い次元で相互作用を起こしている点にある。
本作の制作時期、彼女は並行してソロ作品『abysskiss』(2018年)を発表しており、そこで描かれた極限までパーソナルで親密な世界観が、見事にバンドのサウンドへと逆流しているのだ。
アルバム後半に鎮座する「From」では、余計なアレンジを極限まで削ぎ落とした静寂の中で、レンカーの生々しい吐息がリスナーの耳元で直接囁きかけてくる。まるで誰かの非常にプライベートな夢の断片に、間違えて迷い込んでしまったかのような背徳的な没入感である。
そして、この異界めぐりのクライマックスを飾るのが、本作で最もエクスペリメンタルな狂気を孕んだ「Magic Dealer」だ。バラバラに解体されたような幽玄なギターのアルペジオと、空間を不気味に漂う断片的なノイズが複雑に交錯する。
ここではもはや現実と夢、自然と宇宙の境界線は完全に崩壊し、聴き手の意識は重力を失って宇宙空間へと放り出されてしまうのだ。伝統的なフォーク・ミュージックのフォーマットを借りながら、最終的には未知なるノイズすらも「友」として優しく抱きしめてしまう。この途方もないスケールの大きさと包容力こそが、Pitchforkをはじめとする世界中の批評家たちを平伏させた最大の理由である。
優美さと暴力性。圧倒的な親密さと、手を伸ばしても絶対に届かない異界の冷たさ。決して交わるはずのない相反する要素を、深い森の魔法と一発録りの奇跡によって一枚の円盤に封じ込めた『U.F.O.F』は、間違いなく2010年代のインディー・フォークが到達した究極の金字塔。
僕たちはこれからもこのアルバムを再生し続けるだろう。日常の裏側に潜む未知なるものにそっと耳を澄ませ、不協和音すらも愛おしく思えるその奇跡の瞬間を、何度でも味わうために。
参考文献・出典
- アーティスト/ビッグ・シーフ
- 発売年/2019
- レーベル/4AD
- ジャンル/インディー・フォーク、インディー・ロック
- プロデューサー/アンドリュー・サーロ
- 1. Contact
- 2. UFOF
- 3. Cattails
- 4. From
- 5. Open Desert
- 6. Orange
- 7. Century
- 8. Strange
- 9. Betsy
- 10. Terminal Paradise
- 11. Jenni
- 12. Magic Dealer
- U.F.O.F.(2019年)
- Double Infinity(2025年)
![U.F.O.F./ビッグ・シーフ[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/02271147_5c75fa32277ff-e1707305606822.jpg)