『TOKYO SNIPER』──クニモンド滝口が描く、都市の夢と音の記憶
『TOKYO SNIPER』(2006年)は、クニモンド滝口によるソロ・プロジェクト“流線型”のフルアルバムである。元大手外資系レコードショップのバイヤーだった滝口が、80年代シティポップの音像を徹底的に再現し、現代に甦らせた作品だ。ドラム、ベース、フェンダー・ローズの組み合わせによるヴィンテージ・サウンドが特徴で、楽曲全体に柔らかなリバーブと空気感が漂う。ヴォーカルは江口ニカ名義の一十三十一が担当している。
“ニュー・ミュージック”の夜明けから、“ドライブ・ミュージック”の時代へ
教科書的に言うと“シティポップ”というジャンルは、「日本語ロックの祖であるはっぴいえんどに端を発して、山下達郎、吉田美奈子、杉真理、大滝詠一など、アダルト・オリエンテッドな洋楽の洗礼を浴びたミュージシャンが、70年代末~80年代はじめに紡いだ、都会的で洗練された音楽」ということになっている。
しかし、こんなにざっくりとした説明では、“シティポップ”は単なる音楽ジャンルのみに規定されるのではなく、ひとつのヤングカルチャーの総体であったことが分かりにくくなってしまう。
もう少し、時計の針を後ろに戻してみよう。四畳半的で陰鬱としたフォークソングが歌謡界を支配していた、’70年代。垢抜けた音楽センスを持つ、ユーミンやシュガー・ベイヴがミュージック・シーンに颯爽と登場し、マスコミは彼らに対して“ニュー・ミュージック”という新しいジャンルを命名した。
しかしカー・ステレオが一般に普及する80年代になると、松任谷由実『流線形’80』(1978年)、山下達郎『RIDE ON TIME』(1980年)、大滝詠一『LONG VACATION』(1981年)といったアルバムは、アーバンな香りを車内にふりまくオサレな“ドライブ・ミュージック”として流通し始め、やがてシティポップという呼称を得るに至る。
当時の“都会的”という言葉には、テクノロジーへの憧れが内包されていた。ウォークマン、カーステレオ、FMラジオ、ビデオデッキ──新しいメディア環境が音楽の聴取体験を“移動する感覚”へと拡張し、都市の速度と個人の感情が同期していく。
シティポップとは、都市のテクノロジーと個人の感情が最初に結びついた音楽だったのである。
バブルと共振したカルチャーの象徴
80年代初頭は、テレビでW浅野が女性たちの支持を集め、田中康夫の『なんとなく、クリスタル』(1981年)や、わたせせいぞうの『ハートカクテル』(1986〜年)がボーイズ&ガールズの教科書となり、ホイチョイプロダクションズの『私をスキーに連れてって』(1987年)が大ヒットする時代だった。
パルコ文化やセゾン文化に代表される、ヤングカルチャーがトレンドとなる時代。つまりシティポップとは、バブリーな時代と共振するかのごとく産み落とされた、シティライフを演出する“アイテム”であり、バブル期を表象するキーワードだったのである。
その“都市の夢”は、広告・ファッション・ライフスタイル雑誌を横断して増幅し、音楽はサウンドトラックであると同時に、消費のリズムを刻むメトロノームでもあった。
都会に生きる若者たちは、音楽を聴くことで「都市的である」という感覚を所有しようとした。AOR的なコード進行、エレピの響き、ミッドテンポのグルーヴ──それらは単なる音楽的様式ではなく、“ライフスタイルの演出装置”として機能していたのだ。
パルコの広告コピーが提示した「自分らしさ」や「都会的自由」といった概念は、実際には資本主義的な夢の構造の一部に過ぎなかったが、そのイメージがきらめきを失うことはなかった。
ファッション、インテリア、クルマ、そしてカセットテープ。全てがリンクし合い、消費社会のリズムがビートとして身体に刻まれていく。つまり、シティポップとは“都市に生きるという幻想”を鳴らす音楽だった。その旋律は現実逃避ではなく、むしろ当時の若者が初めて手に入れた“自己演出の音”だったのである。
青山・渋谷・麻布といった都市名が歌詞に散りばめられるのは、場所そのものよりも、「そこにいる自分」というフィクションを聴く者に想起させるためだ。
シティポップは、現実の都市空間を音楽的にデザインし直す試みであり、そこにこそバブル期の“幸福な虚構”が息づいていた。
80年代を密封した音
で、流線型である。元大手外資系レコードショップのバイヤーという経歴を持つ、クニモンド滝口氏によるソロユニットだ(もともとは5人組バンドだったらしい)。
2003年のミニアルバム『シティミュージック』(そのまんまですな)を経て、本作『Tokyo Sniper』(2006年)が初のフルアルバムということになるのだが、これが完全に80年代シティポップを瞬間密封して現代に蘇らせたかのような一枚。確信犯的なコンセプチュアル・アルバムなのだ。
例えば、冨田ラボあたりもシティポップの系譜を受け継いだアーティストといえるのだろうが、オーケストレーションを多用する軽妙洒脱なアレンジメントは、どちらかといえばバート・バカラックに代表されるような、トラディショナル・ポップスに近接している。それに対して流線型は、徹頭徹尾、80年代にこだわりまくった、ヴィンテージ・サウンドに仕上げているのだ。
コーネリアスや冨田ラボが80年代以降のポップを“構造的に再解釈”していったのに対し、流線型は“感覚として再演”する。そこにあるのは分析ではなく憧憬であり、再構築ではなく“追体験”の快楽だ。
特筆すべきは、空気の粒子まで再現したような音の質感だ。ドラムはコンプレッションを控えめにかけ、ハイハットの金属音が柔らかく滲む。エレピはあえてノイズを残したローファイ録音で、リバーブも80年代特有のプレート型を模した空間処理が施されている。
ベースはフェンダー・プレシジョンを中心に、立ち上がりの“丸さ”を生かしたミックス。ギターはコンプと軽いコーラス、時折フェイザー。これらの手触りが、単なるレトロではなく“生きている80年代”を作り出している。
クニモンド滝口は、
あの時代に山下達郎さんや吉田美奈子さんがやっていたことに対するオマージュというか、憧れがある
と明言しており、
生のドラム、フェンダーのプレシジョン・ベース、フェンダー・ローズの3つがあれば、ほとんど成立しちゃうんですよね
とも語っている。マイクの種類、コンプレッサーのかけ方にもこだわりまくり。歌詞に出てくるフレーズも、「レインボー・シティ・ライン」だとか、「ベイサイド・フィーリング」だとか、「ミッドナイト・チェイサー」だとか、意味は良く分かんないんだけど、カタカナ英語が氾濫していた80年代の空気はガンガン伝わってくる。
そして21世紀、YouTubeやSpotifyで海外リスナーが山下達郎や竹内まりやを再発見し、“City Pop”がグローバルなキーワードとして蘇った。流線型の音楽は、その再評価が顕在化するよりも早く、いち早くこのムードを先取りしていた。つまり『Tokyo Sniper』はリヴァイヴァルの“結果”ではなく、“予言”だったのだ。
単なる音楽ジャンルではないはずのシティポップを、クニモンド滝口は純粋な音楽表現で現代に召喚し、過去の音に宿る“未来の匂い”をもう一度立ち上がらせる。『Tokyo Sniper』は、懐古ではなく“再発明”としてのシティポップなのだ。
P.S.
オフィシャルには、美大生の江口ニカなる女性をヴォーカリストに迎えているということになってるんだが、その正体は実は一十三十一だったらしい。道理でメチャ歌がうまい訳だよ。
この“匿名のヴォーカリスト”設定もまた、80年代的な夢想装置の再現だ。実体よりもイメージが先行するアイドル文化や、架空の都市を舞台にした広告的世界観。その延長線上で“江口ニカ”という架空の歌姫は存在している。
つまり流線型は、音だけでなく“匿名性の美学”までも継承していたのだ。
- アーティスト/流線形
- 発売年/2006年
- レーベル/Happiness Records
- タイムマシーン・ラヴ
- 花びら
- レインボー・シティ・ライン
- 恋のラストナンバー
- 薄紫色の彼方
- TOKYO SNIPER
- DANCING INTO FANTASY
- スプリング・レイン
- 雨のシンデレラ
![TOKYO SNIPER/流線形[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/91X76CaULEL._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1762914466391.webp)

