『Headroom』──耳の内側でフロアが生まれる、静かな革命の中心点
『Headroom』(2015年)は、カナダ・ケベック州で活動するインディーバンドのメン・アイ・トラスト(Men I Trust)が、ゲストボーカル制を継続したまま制作したセカンドアルバムである。ジェシー・キャロンのベースとドラゴス・キリアックのプログラミングを中核に据え、楽曲ごとにオディール、レナ・ダランド、ゴーストリー・キシズらが参加する構造を採用しながら、全編を通して低音域と空間処理が統一された音像を形成する。前作『Men I Trust』で前面に位置していたシンセの強度が後退し、“鳴っていない余白”がグルーヴとして機能する設計に移行した点が特徴的。
回転ドアの内側で鳴り続ける──“ボーカル制の最終形態”としての『Headroom』
2015年。ジェシー・キャロンとドラゴス・キリアックを中心としたプロデューサー・ユニットだったメン・アイ・トラストは、まだ三人組ではなかった。
セルフタイトルの1stで彼らが鳴らしていたのは、プログラムされたロボティックなビートと、2000年代エレクトロ譲りの押し出しの強いシンセが前景に立つサウンド。
ダンス性やファンクネス、クールなムードはすでに備わっていた一方で、「ビートとシンセが前に出すぎて、人間の体温がどこか後景に押しやられている」という印象も残る。
その文脈から振り返ると、2ndアルバム『Headroom』(2015年)は同じゲストボーカル制を維持しながらも、音の組み立て方そのものをじわりと反転させた作品だと言える。
オディール、レナ・ダランド、ゴーストリー・キシズ、そしてエマニュエル・プルー──曲ごとにボーカルが入れ替わる構造は前作同様にコンピレーション的ですらあるのに、リズムとベース、そして空間処理の慎重さが、全曲を一つの美学の下に束ね上げている。
“声”はなお交換可能なパーツとして配置されているが、音楽の重心は明らかにジェシーのベースとドラゴスのプロダクションへと移行した。そのバランス感覚の再定義こそが、『Headroom』における最大の更新点であり、アルバムの核である。
余白をグルーヴへ変換する構造
“Headroom”という語は、音量余白を指すオーディオ用語。つまり本作は“鳴っていない領域”を含めて設計されている。打楽器はほとんど自己主張せず、ベースがメロディとリズムを兼任する。
音圧は低く、空間はひたすら広い。にもかかわらず、身体はゆっくりと揺れはじめる──それは「ダンスのエネルギー」ではなく、「揺れることそのものが気づかぬうちに始まる中性的な動作」だ。
前作で前面に押し出されていたドラムマシン的な硬さやシンセの派手さはここでは意図的に後退し、反復、余白、低温といった要素が前景へせり出してくる。その結果として、“静止しながら踊ってしまう”という逆説が成立する。
『Headroom』とは、ミックス上の「ヘッドルーム」を物理的な安全マージンではなく、グルーヴそのものを育てるための空白として使い切ってみせたアルバムなのだ。
エマニュエル・プルー登場前夜
『Headroom』でエマニュエル・プルーが参加したのは 「Out in Myself」と 「Curious Fish」の2曲のみ。しかし、その声はすでに他のゲストボーカルとはまったく異なる立ち上がり方を示している。
歌詞の意味より“粒子としての声”が前景へ浮上し、楽曲の温度を数度下げる。その瞬間、メン・アイ・トラストは“声を選ぶ時代”を終え、“声が内側から生まれる時代”へと踏み込んでしまった。ここで初めて三人の座標が揃い始める──それが『Headroom』のもっとも静かな劇的瞬間である。
同時に、アルバム全体を俯瞰すると、いくつかの楽曲がその変化を前景化する役割を担っていることがわかる。オープニング・トラック「Morse Code」では、ボーカルはあくまでアンサンブルの一部としてミックスされ、跳ねるベースが曲を牽引する(超絶カッコいい!)。
ファンク由来のグルーヴを持ちながらも低域は抑制され、ビートは外側へではなく内側へ折り畳まれていく。いやもう、こんなの腰をふるしかない。
「Break for Lovers」では、Helena Deland の儚い声と意外に強靭なリズムが拮抗し、ディープハウス由来のハイハットの刻みが、ベッドルームR&Bとラウンジジャズのあいだに挟まれた失重状態のポップを形づくる。
「Out in Myself」において、エマの冷たく輪郭の曖昧な声が初めてバンドの中核へと忍び込み、平坦に見えるメロディと浅く揺れるシンセが、のちの「Show Me How」や「Numb」を先取りする“抑制の美学”を刻む。
「Quiet」に至っては、タイトルの静謐さに反してベースの語りが最も濃密であり、メロディをなぞるのではなく先導するように低域が動き続ける。
ここではボーカルはベースの付随物であり、楽器ではなくビート構造そのものが歌っている。この逆転こそがメン・アイ・トラストの美学であり、『Headroom』というアルバムが「踊らないダンス」を具体的な楽曲の形で提示している部分だと言える。
踊らないダンスミュージック史における『Headroom』
アンビエント・テクノが4つ打ちの熱量を剝ぎ取り、Lo-fiヒップホップがBGMとしてのビートを確立し、チルウェイヴが“自室の風景と踊る音楽”を提示した。
メン・アイ・トラストはその流れの延長線上にいるが、決定的な差異を持っている。彼らはビートの抑制ではなく、「ベース主導の親密性」によって身体を揺らすことを選んだ。
『Headroom』は、クラブの代替ではない。クラブという概念を必要としない、“ヘッドフォン内部に形成されるフロア”の証明だ。揺れる身体は群衆に混ざらず、匿名の幸福を保持したまま存在し続ける──これは、外部環境に依存しないダンス性の獲得である。
そしてメン・アイ・トラストは、次作『Oncle Jazz』で完全なる“身体の内部化されたポップ”を完成させる。その壮大な跳躍の前夜に位置しながら、『Headroom』はすでに静かに革命を終えてしまっている。
- アーティスト/メン・アイ・トラスト
- 発売年/2015年
- レーベル/Return To Analog
- Morse Code(feat. オディール、ジョフロア)
- Break for Lovers(feat. レナ・ダランド)
- Out in Myself
- Again(feat. ゴーストリー・キシズ)
- Quiet(feat. オディール)
- Curious Fish
- Aquarelle
- Sad Organ
- Space Is the Place
- Offertorio
![Men I Trust/メン・アイ・トラスト[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/618377vX5GL._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1763331282295.webp)