2026/4/1

『async』(2017)徹底解説|死生観と向き合った坂本龍一の深遠なる音響空間

『async』(2017年/坂本龍一)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
7 GOOD
概要

『async』(2017年)は、坂本龍一が約8年ぶりに発表したアルバムであり、自らのプロデュースによって制作された。ピアノやアナログシンセサイザーの静謐な響きと日常の環境音が柔らかく溶け合い、音楽と非音楽の境界が自然に共存する。「andata」「ZURE」「async」などの楽曲が収録され、極限まで研ぎ澄まされた音響の中に人間的な死生観やパーソナルな温度が漂う。彼自身の闘病を経て時間の概念と深く向き合い、これまでにない新しいサウンド領域を切り開いた。

目次

同期(YMO)の覇者が見つけた「非同期(async)」の祈り

「あまりに好きすぎて、誰にも聴かせたくない」。

Out Of Noise』(2009年)以来、実に8年ぶりとなるオリジナル・アルバム『async』(2017年)について、坂本龍一はこのように語っている。この作品は派手な宣伝がほとんどないまま、静かに世に放たれた。

Out Of Noise
坂本龍一

タイトルの“async(アシンク)”とは耳慣れない言葉だが、これは“asynchronization”の省略形で、「非同期」を意味している。確かにこのアルバムには、ポップミュージックでは当たり前の規則的なコード進行や、メトロノームに合わせた均等なリズム、つまりグリッドからは遠く離れた、アブストラクトな音がコンパイルされている。

同期するのは人間も含めた自然の本能だと思うのですが、今回はあえてそこに逆らう非同期的な音楽を作りたいと思いました。
(GQ JAPAN インタビュー記事より抜粋)

この言葉の裏には、とてつもない巨大なパラダイムシフトが隠されている。1980年代、コンピューターとシンセサイザーを用いてシンクロナイズの極致を世界に提示した彼が、がん闘病を経て自然の摂理に直面した結果、人間の作為的なテンポに違和感を抱き、自然界の「非同期の音律」へと完全に回帰したのである。

和声と拍節を柱とする近代的音楽の規範から意識的に距離を取り、秩序の背後で微かに呼吸する「自然そのものの音律」へと接近していく。この劇的なキャリアの弧こそが、坂本龍一という作家の成熟の究極の形と言える。

『レヴェナント』の苦闘が切り開いた音と自然の生態系

ニューヨークの冷たい雨の滴り、枯葉を踏む足音の反響、そしてデヴィッド・シルヴィアンやポール・ボウルズの低い声による詩の朗読。

『async』は、そうした多様なフィールド・レコーディングと楽器の音を精緻に編み込み、音楽と雑音、音と言葉、人工と非人工の線引きを意図的かつ暴力的に曖昧化していく。このサウンドは、音が音へ、声が物質へ、環境が楽器へと越境する生態系を形成するための、構造そのものだ。

このレイヤー構造の決定的な転換点は、坂本が音楽を務めたハリウッド映画『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015年)での壮絶な苦闘にある。

レヴェナント: 蘇えりし者
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

『レヴェナント』で、監督から自然と音の癒合、音と音楽のレイヤーという注文を受けたので、いろいろ試行錯誤したことが役立っています。
(OTOTOY インタビュー記事より抜粋)

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督からの「音楽のように聞こえない、自然の音のような音楽を作れ」という難題に対し、坂本は環境音と楽器音を完全に同一平面で扱う方法を徹底的に模索した。

『レヴェナント』のサウンドトラックと『async』を聴き比べるとよく分かるが、ここで鳴らされるピアノの音色は決してクリアで煌びやかなものではない。どこか霞み、ガラス一枚を隔てたようなくぐもった質感(フェルトを挟んだような音)を意図的に纏っている。

その曖昧で輪郭のぼやけた音色ゆえに、ピアノは雨音や風の音といった環境音へと滑り込み、双方は互いを侵食し合いながら有機的に混じり合う。

透明で美しいピアノの響きを敢えて退けるという逆転の発想が、自然音との奇跡的な調和を可能にしているのだ。ここにはジョン・ケージの偶然性の音楽や、武満徹の音の間といった20世紀前衛の遺産が、レクイエム的な切実さを帯びて強烈に帰還している。

時間を彫刻するサウンドスケープ

アルバム全体を貫く巨大な裏テーマが「アンドレイ・タルコフスキー的な時間感覚」。

映像がなくとも、音は聴き手の内面に層として堆積し、物語ではなく持続する時間そのものを強制的に体験させる。そもそも本作のライナーノーツには、『async』のコンセプトが「架空のタルコフスキー映画のサウンドトラック」であると明確に記されている。

確かに、M-3の「solari」は文字通りタルコフスキーの大傑作SF『惑星ソラリス』(1972年)から着想を得たバッハのコラール前奏曲のような荘厳さを持っているし、M-11の「Life, Life」でデヴィッド・シルヴィアンによって読み上げられるのは、タルコフスキーの父である詩人アルセニー・タルコフスキーの詩の一節だ。

だが、それ以上にこのアルバムには、鉛色の雲に覆われた冬枯れの景色や、水草が揺れる静かな水溜りといった「タルコフスキー的な情景」をリスナーの脳内に直接喚起させる、恐るべきサウンドスケープとしての魔力がある。

ここで鳴らされる音楽は、旋律と調和の芸術を完全に越え、タルコフスキーが映画を「時間の彫刻」と呼んだように、音によって時間を彫刻する装置へと変貌している。

くぐもった音の断片が重なり、離れ、また重なるたびに、無言の映像が脳裏に立ち上がる。非同期(async)とは、楽器と自然、秩序と雑音という近代的二分法を解体し、音を世界の現れとしてありのままに開示する、崇高な身振りなのだ。

闘病の只中で収集された雨音は世界の残響として響き、くぐもったピアノは彼自身の老いと身体性の記録となる。音は未来へ向かってポップに駆動するより、過去の微細な残り香を反復し、静かに漂わせる。

ここでの時間は間違いなく「死の影」に照らされることで圧倒的な輪郭を得ている。『async』は、消えゆく自らの命への祈りであると同時に、自分が消えた後もなお鳴り続けるであろう美しい世界への、最大の賛辞と応答なのだ。

感傷を削ぎ落とした冷ややかな音の粒が、孤独な空間で交差し、ときに反発して新たな景を結ぶ。誰にも聴かせたくないほどパーソナルで親密でありながら、同時に普遍的な宇宙へと完全に開かれている。

坂本龍一は近代音楽の規範を鮮やかに飛び越え、「時間そのものを聴く」という究極の音楽的経験を我々に叩きつけたのだ。

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. andata
  2. 2. disintegration
  3. 3. solari
  4. 4. ZURE
  5. 5. waiker
  6. 6. stakra
  7. 7. ubi
  8. 8. fullmoon
  9. 9. async
  10. 10. tri
  11. 11. Life, Life
  12. 12. honj
  13. 13. ff
  14. 14. garden
坂本龍一 アルバムレビュー