奇人・変人だらけの重厚かつポップな一大絵巻
カンヌ映画祭グランプリに輝いた、歴史的怪作『アンダーグラウンド』(1995年)。
ナチスドイツの侵攻、チトー政権の確立、相次ぐ内乱…。常に戦争の砲火にさらされ続けたユーゴスラビアの歴史を軸に、奇人・変人だらけの重厚かつポップな一大絵巻が展開される。
ラディカルな共産党員マルコは、戦争難民を自分の祖父の家にある巨大な地下室にかくまっていた。その親友クロも地下に潜り、ドイツに対抗するための兵器を生産する日々。
やがてナチスドイツが崩壊し平和が訪れても、マルコは彼らに真実を告げず、20年間地下に閉じ込め続ける。やがてユーゴスラビアは内戦に突入し、マルコやクロたちはそれぞれの「戦争」を生き抜いていく…。
喧騒的な音楽、ハイテンションで脂ギッシュな演出。陰惨な物語を一種の寓話(ファンタジー)として描き出してしまう、テリー・ギリアム的視点。悲劇は突き詰めれば喜劇になる、ゆえに戦争は喜劇であるという逆説めいた命題こそ、この映画を支える最大のパワーソースになっている。
旧ユーゴスラビアのサラエボ(現在のボスニア・ヘルツェゴヴィナ)に生まれ育ったエミール・クストリッツァは、自らのアイデンティティーに深く根ざしているであろう、“狂乱に満ちたユーゴスラビアの歴史”を、強烈なアイロニーとブラックユーモアで、笑い飛ばしてしまった。反骨精神に満ち溢れたこのクストリッツァの処置法は、絶対的に正しい。
その後マスコミの一部で、「セルビア擁護の作品ではないか」との論争が巻き起こり、嫌気がさしたクストリッツァは引退を表明したが、『黒猫・白猫』(1998年)ですぐに復活。この才能がそのまま埋もれなくて、ホント良かった。
享楽的な悲喜劇は、終盤になってシリアスドラマとしての深度を増していく。マルコは実の弟に殺され、妻と一緒に炎上。そのマルコを殺した知恵おくれの心優しき元動物園飼育係も、罪の重さに耐えきれずに自殺。クロも死んだ息子の後を追うように、井戸に身を投げ入れてしまう…。
寓話的な演出は影をひそめ、戦争という狂気をリアルなタッチで物語っていく。『アンダーグラウンド』は、重層的な視点で描かれた一大叙事詩なのである。
この物語が永遠に終わることはない。マルコやクロたちも、狂騒的なジプシー楽隊の奏でる音楽と共に踊りつづける。本編のラスト、彼らが佇む陸地が真っ二つに割れて遠のいていくのは、現在のユーゴスラビア情勢を明確にビジュアル化している。
歴史は永遠にその時を刻んでいくのだ。
- 原題/Underground
- 製作年/1995年
- 製作国/フランス、ドイツ、ハンガリー
- 上映時間/171分
- 監督/エミール・クストリッツァ
- 脚本/エミール・クストリッツァ、デュシャン・コバチェヴィチ
- 原作/デュシャン・コバチェヴィチ
- 撮影/ヴィルコ・フィラチ
- 音楽/ゴラン・ブレゴヴィッチ
- 美術/ミリェン・クチャコヴィチ・クレカ
- 編集/ブランカ・ツェペラッチ、ネボイシャ・リパノヴィチ
- ミキ・マノイロヴィチ
- ラザル・リフトフスキー
- ミルハーナ・ヤコヴィック
- スラヴコ・スティマッチ
- エルンスト・ストットナー
- ミリャナ・カラノヴィチ
- ミケーナ・パヴロヴィック
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