猟奇サスペンスから次第にヒューマン・ドラマへと変貌する珍作
前作『メメント』(2000年)で、その比類なき才能をワールドワイドに認知させた、クリストファー・ノーラン。
今や最も期待される若手監督の一人である彼が、プロデューサーにジョージ・クルーニー、スティーヴン・ソダーバーグというハリウッド・メジャーを迎えて撮った作品が、『インソムニア』(2002年)である。
髪を洗われ、爪を切られ、全裸のままゴミ袋に入れられてた少女の惨殺死体。否が応にも『ツイン・ピークス』(1990年〜1991年)を想起させる導入部には、ビザールでダウナーが空気が濃厚だ。
しかし時間が経過するに連れて、その甘美な謎は雲散霧消し、「刑事としてのモラル」に根ざしたヒューマン・ドラマにすり替わってしまう。これってかなり反則だと思うのは僕だけか。猟奇サスペンスだと思って見に行ったオバサマ方も結構多いと思うぞ。
かと言って老練な敏腕刑事と凶悪なサイコ・キラーの知恵比べと言うには、アル・パチーノがロビン・ウィリアムズに振り回されすぎ。
「相棒を間違って殺してしまった」という致命的ハンデを抱えているパチーノ、その事実を切り札として握っているロビン・ウィリアムズ。誰がどうみたって、サシでは勝負がついているのだ。
当然ストーリーの焦点は、パチーノが己の罪を認めるかどうか、道を踏み外したことを認めるかどうかにかかってくる。しかしそれは、観客をストーリーに惹き付けておくファクターとして、あまりにも脆弱だ。
過去に『セルピコ』(1973年)や『ヒート』(1995年)など、タフガイな刑事役を数多く演じてきたパチーノは、今回は一貫して“自分の心の闇”と格闘する男を演じている。
目的のためなら手段をいとわない刑事の内面的葛藤を、いつものごとくアクの強すぎるパワーで押し切ってみせるアル・パチーノだが、還暦をすぎて往年のギラギラ感はさすがになくなってきた模様。
殺人犯を演じる「ミスター・いい人」ロビン・ウィリアムズのキャスティングは、周囲の評価ほど悪くないと思うが、『ダーティハリー』(1971年)の犯人役のような、粘膜質で執拗なキャラ設定には遠く及ばず。
『ボーイズ・ドント・クライ』(1999年)でオスカーを獲得したヒラリー・スワンクにいたっては、単なる添え物でしかない役をあてがわれ、悲惨なまでに存在感なし。アカデミー主演賞を獲得した3人を並べたわりには、そのアンサンブルはコンダクターの意図通りには奏でられなかったようだ。
アル・パチーノは果たして本当に間違えてハップを殺してしまったのか、それともハップだと知りながら彼を撃ってしまったのか。ラスト近くで彼は、「今となっては分からないんだ」と告白する。パチーノを狂わせたのは、沈まない太陽のせいなのか。
輾転反側するアル・パチーノの苦悩をヨソに、隣に座っていたの女のコはグースカ寝ておりました。幸せだねえ…。
- 原題/Insomnia
- 製作年/2002年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/119分
- 監督/クリストファー・ノーラン
- 製作/ポール・ユンガー・ウィット、エドワード・エル・マクドーネル、ブロデリック・ジョンソン、アンドリュー・エー・コソーヴェ
- 製作総指揮/ジョージ・クルーニー、スティーヴン・ソダーバーグ、トニー・トーマス、キム・ロス、チャールズ・ジェイ・ディ・シュリッセル
- 脚本/ヒラリー・サイツ
- 音楽/デヴィッド・ジュリアン
- 美術/ネイサン・クローリー
- 編集/ドディ・ドーン
- 衣装/ティッシュ・モナハン
- 撮影/ウォリー・フィスター
- アル・パチーノ
- ロビン・ウィリアムズ
- ヒラリー・スワンク
- マーティン・ドノヴァン
- ポール・ドゥーリー
- モーラ・ティアニー
- ジョナサン・ジャクソン
- ニッキー・カット
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