プロットは、三谷幸喜が好んで書きそうなシチュエーション・コメディー。
夫が西ドイツへ亡命して以来、その人生を社会主義の啓蒙に費やした東ドイツの老婦人が、息子が反体制デモに参加して逮捕される瞬間を目撃して卒倒。
そのまま昏睡状態になり、意識が戻らないまま、時代は急変してベルリンの壁が崩壊。東ドイツから社会主義体制は消え去ってしまう。
8ヶ月後に奇跡的に目を覚ますものの、「人間の幸福を純粋に追求するシステムが、社会主義である」と信じて疑わない母がショックを受けないようにと、息子と娘は真実を隠蔽しようと画策する。
ニセのテレビ番組を見せたり、旧東ドイツ産の空き瓶に西ドイツ産の食品を移し替えたり。はからずもそれは、ものすごい勢いで民主主義化されていく東ドイツ内にあって、唯一偽りの社会主義国家を現出しようとする試みなんである。
時折インサートされる主人公のモノローグによって、“東ドイツを延命させる行為”が主人公の内部に変化が起きていることが明示される。
おお、こりゃある種の政治的思考実験ムービーか!と思って興奮したのもつかの間、なんだかんだで『グッバイ、レーニン!』は、家族ドラマという引力圏内にとどまり、旧東ドイツの素描は単なるノスタルジー的機能しか果たしていない。
荷物を運ぶ早回しのシーンや、『2001年宇宙の旅』(1968年)に言及するシーンがあるなど、随所にスタンリー・キューブリックの影響が見て取れたので、政治的にも映像的にもラディカルな映画なのかなーと思いきや、意外に(ドイツ映画としても)薄味の作品。
とりあえず感想はそんな感じです。最後の最後で、主人公の彼女がお母さんに真実を(勝手に)バラしちゃうあたりは、ビミョーに後味が悪くて、それだけはキューブリックイズムを踏襲しているのかもしれない。
ちなみにこの映画、元ネタとなった人物の実話がある。長期に渡って“エスタド・ノヴォ”と呼ばれる独裁体制を敷いた、ポルトガルの元首相アントニオ・サラザールがその人。
彼はハンモックで昼寝している時に誤って転落してしまい、頭部を激しく強打して意識不明の重体に。政権は別の人物に引き継がれたのだが、何と2年後に奇跡的に意識を回復。
側近は彼にショックを与えないように、意識不明になる前と全く同じ状態の執務室をしつらえ、偽の新聞を与えたり、何の効力もない命令書を書かせたりして、ゴキゲンをうかがっていたらしい。
数年後に彼は真実を知らないまま死去したのだが、まーある意味幸せな人生ですよね。あらゆるファクトが隠蔽されていようと、偽りにまみれていようとも、それが本人にとって居心地のいい場所であれば、それはそれで良いんである。
たぶん人生ってそんなもんだ。
- 原題/Good Bye Lenin!
- 製作年/2003年
- 製作国/ドイツ
- 上映時間/121分
- 監督/ヴォルフガング・ベッカー
- 製作/シュテファン・アルント
- 脚本/ヴォルフガング・ベッカー、ベルント・リヒテンベルグ
- 撮影/マルティン・ククラ
- 編集/ピーター・R・アダム
- 音楽/ヤン・ティルセン
- ダニエル・ブリュール
- カトリーン・ザース
- マリア・シモン
- チュルパン・ハマートヴァ
- フロリアン・ルーカス
- アレクサンダー・ベイヤー
- ブルクハルト・クラウスナー
- シュテファン・ヴァルツ
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