市川崑のモダン演出が冴え渡る、邦画ミステリの金字塔
映画、小説、テレビなど複数の媒体で一斉に広告を打つという、いわゆるメディアミックスを日本で初めて採用したのが角川映画だった。「読んでから見るか、見てから読むか」というキャッチフレーズなんぞ、まさに象徴的。
出版界の風雲児・角川春樹がその第一弾として企画したのが、横溝正史の傑作推理小説『犬神家の一族』。その監督として白羽の矢がたったのが市川崑だった。
市川自身もアガサ・クリスティーの熱心なファン(脚本家としてクレジットされている久里須亭とは、市川がアガサ・クリスティーをもじってつくった変名)を公言するミステリーファンで、企画を喜び勇んで引き受けたものの、原作を吟味して途方に暮れたことは想像に難くない。
何しろ『犬神家の一族』は、怨念渦巻く人間関係が絡まった糸の如く複雑怪奇に入り乱れる、おっそろしく「説明」が必要な作品なのである。まあ横溝作品は全部そうなんですが。
状況説明や登場人物を、いちいち掘り下げていたらキリがなし!!市川崑は大胆にも、ミステリーには不可欠ともいえる「説明」を削ぎ落とし、細かなカット割り、スプリットスクリーン、ストップモーションの多用、クールなタイポグラフィー(後に庵野秀明が『エヴァンゲリオン』で流用)が画面に踊る、ポップな映像絵巻として成立させてしまった。
内容なんてないよー!!市川崑というモダンなビジュアリストより再現された絢爛たる美学を堪能すべき映画、それが『犬神家の一族』なんである。
陰影にこだわったビジュアル・センスは、後に岩井俊二らにも影響を与えたほど。こだわりすぎて俳優の顔が半分みえないこともしばしばだが、それもひっくるめてフォトジェニックではないか。
人間の業とか宿命とといった、『砂の器』(1974年)的アプローチ(つまり人間ドラマ)は超薄味。その代わり、湖から突き出た逆さ死体の足、菊人形とすげかえられた生首、血塗られた出生や封建制度といった日本ミステリーのアイコンを、文字通り「画」として成立させてしまったんである。
楽しいのはその魅力的なキャスト。金田一耕助役の石坂浩二をはじめ、岸田今日子、大滝秀治、三木のり平など芸達者による競演も楽しいが、なんと言っても極め付けは「よーし、分かった!」と叫んで、ことごとく間違った推理を展開する警部役の加藤武。
後年フジテレビで製作された横溝作品のテレビシリーズや、金田一モノのパロディーで製作された生命保険のCMでも警部役を演じていたし、市川崑監督・豊川悦司主演で後年製作された『八ツ墓村』(1996年)のキャスティング作業の際も、警部役だけはスンナリ決まったそうである。
加藤武のいない横溝映画は考えられません。
- 製作年/1976年
- 製作国/日本
- 上映時間/146分
- 監督/市川崑
- 製作/角川春樹、市川喜一
- 原作/横溝正史
- 脚本/長田紀生、日高真也。市川崑
- 撮影/長谷川清
- 音楽/大野雄二
- 美術/阿久根巖
- 衣装/長島重夫
- 編集/長田千鶴子
- 照明/岡本健一
- 石坂浩二
- 島田陽子
- 高峰三枝子
- 三条美紀
- 草笛光子
- あおい輝彦
- 川口晶
- 川口恒
- 坂口良子
- 小沢栄太郎
- 加藤武
- 大滝秀治
- 三木のり平
- 岸田今日子
- 三谷昇
- 三国連太郎
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