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『犬神家の一族』(1976)市川崑が構築した日本的モダニズムの極北

『犬神家の一族』(1976)
映画考察・解説・レビュー

8 GOOD

『犬神家の一族』(1976年)は、角川映画第一弾として製作され、市川崑監督が横溝正史の原作を“構造の芸術”へと昇華させた記念碑的作品。ストップモーション、スプリットスクリーン、タイポグラフィーなどの実験的演出によって、物語は推理劇から“映像のデザイン”へと変貌する。陰影の幾何学、冷たい光の設計、感情を排した構図──それらすべてが、市川崑というモダニストの美学を体現する。

角川と市川、二人の狂気が生んだ、美しすぎる情報の暴力

『犬神家の一族』(1976年)は、映画の形をした「超巨大なコマーシャル」であり、同時に日本映画界の常識を木っ端微塵に打ち砕いた「最尖端のアートピース」だ。

当時、出版業界の風雲児だった角川春樹がぶち上げたのは、「映画を撮って本を売る」という、今でいうメディアミックスの原型。松竹が『八つ墓村』 (1977年)の撮影でモタついている間に、「なら俺が自分でやる!」と東宝に殴り込みをかけ、「これがコケたら会社は終わりだ」という背水の陣で挑んだのが本作なのである。この強欲なまでの資本主義的パッションが、現場の空気を極限までヒリつかせたのは想像に難くない。

八つ墓村
野村芳太郎

そこに召喚されたのが、映像の魔術師・市川崑。当時の市川は、テレビやCMでその卓越したビジュアルセンスを見せつけながらも、映画界からは「もう終わった作家」と冷ややかな目で見られていた。

だが、角川春樹の眼力は正しかった。日本の古臭い習俗やドロドロの遺産相続争いを、最高にクールで、最高にポップで、最高にモダニズムな視覚体験へと昇華させてしまう。

こうして誕生したのが、「商売人の打算」と「表現者の狂気」が正面衝突して生まれた、一種のバグのような傑作。原作にある横溝正史のドロドロとした情念を、市川は冷徹なまでの機能美でコーティングしてしまった。

これは単なるミステリー映画ではない。観客の網膜に「死と美」の情報を叩き込む、視覚的テロリズム。これほどまでに計算し尽くされ、これほどまでに野心に満ちた映画が、かつて他にあっただろうか。いや、ない。

幾何学的エディットと「市川フォント」が支配する脳内パズル

市川崑の演出は、もはや「編集による暴力」と言っても過言ではない。普通の監督なら、複雑な家系図や遺言の内容を、役者のセリフで丁寧に説明しようとする。

だが、市川崑は違う。彼は物語を「情緒」ではなく「構造」として捉え、ストップモーションやスプリットスクリーン(画面分割)といった、当時としてはブッ飛んだ編集技術をこれでもかとブチ込む。観客はストーリーを追う前に、画面を飛び交う「視覚的リズム」に翻弄されることになるのだ。

そして忘れてはならないのが、あのあまりにも有名なタイポグラフィ、通称「市川フォント」だ。画面いっぱいに、それも不自然なデカさで表示される「那須」「金田一耕助」「十一月十八日」といった文字群。

これは単なるテロップではない。文字そのものが構図を決定づけ、映像の一部として機能している。情報をデザインとして使い倒すこの手法は、のちに庵野秀明が『新世紀エヴァンゲリオン』で完璧にトレースする。市川崑は、テロップという「説明」を、映画の「ビート」に変えてしまったのだ。

この映画を観る際、我々は犯人を推理しているようで、実は市川が設計した「視覚的迷宮」の中を歩かされているに過ぎない。カットとカットの間に仕込まれた情報の断片が、まるで幾何学模様のように脳内に蓄積されていく。

この快感、もはやミステリーというよりは、高度に設計されたインスタレーション、あるいはゲシュタルト崩壊寸前のビデオアートを観ている感覚に近い。物語の「中身」なんて後回しなのだ。

陰影の魔術師が描き出す、仮面の下の「空虚」という恐怖

本作の照明設計は、もはや「やりすぎ」を通り越して「狂気」の域に達している。市川崑は光を当てることよりも、「どこを影にするか」に執念を燃やした。

人物の顔はしばしば半分が漆黒の闇に沈み、瞳の光だけが不気味に浮かび上がる。どこまでも人工的な「美学」。障子の格子が作る直線的な影、古い屋敷の重厚な梁、そしてあの湖面から突き出た、あまりにも有名な「逆さの足」。これらすべてのビジュアルが、一枚の完成されたグラフィックデザインとして網膜に焼き付くのだ。

特に、白いゴムマスクを被った佐清というアイコン。あれほど無機質で、あれほど雄弁な仮面が他にあるだろうか?市川は表情を奪うことで、逆にその下にある「戦争の傷跡」や「アイデンティティの喪失」という深い闇を浮き彫りにした。

仮面の下に何があるのかを知る恐怖よりも、その「白」という無機質な虚無そのものが、我々の根源的な恐怖を刺激する。ここにあるのは、日本の伝統的な幽玄美ではなく、徹底的に引き算された「ポストモダンなホラー」なのだ。

石坂浩二が演じる金田一耕助も、この異様な様式美の中では、単なる「狂言回し」という名のパーツに過ぎない。彼はフケを飛ばし、ボロボロの袴で事件をかき回すが、その立ち居振る舞いはどこか軽やかで、ドロドロした情念からは一線を画している。

この「冷たさ」こそが、市川崑版『犬神家の一族』の真骨頂なり。情念を理性で解体し、血縁の呪いを幾何学模様として再構成する。そのあまりにも美しすぎる処理能力の高さゆえに、本作は時代を超えて、永遠に色褪せない「銀色の傑作」として君臨し続けているのである。

DATA
  • 製作年/1976年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/146分
  • ジャンル/ミステリー
STAFF
  • 監督/市川崑
  • 脚本/長田紀生、日高真也、市川崑
  • 製作/角川春樹、市川喜一
  • 製作総指揮/角川春樹
  • 原作/横溝正史
  • 撮影/長谷川清
  • 音楽/大野雄二
  • 編集/長田千鶴子
  • 美術/阿久根巌
  • 衣装/長島重夫
  • 録音/大橋鉄矢
  • 照明/岡本健一
CAST
  • 石坂浩二
  • 島田陽子
  • 高峰三枝子
  • 三条美紀
  • 草笛光子
  • あおい輝彦
  • 坂口良子
  • 小沢栄太郎
  • 加藤武
  • 大滝秀治
  • 三木のり平
  • 岸田今日子
  • 三谷昇
  • 三国連太郎
FILMOGRAPHY
SERIES