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s(o)un(d)beams/salyu×salyu

『s(o)un(d)beams』──コーネリアスとSalyuが創り出した多声の宇宙

『s(o)un(d)beams』(2011年)は、Salyuとコーネリアス(小山田圭吾)が共同で制作したアルバム。映画『リリイ・シュシュのすべて』で歌声を披露したSalyuが、声そのものを素材とする表現へ踏み出した作品である。「ただのともだち」「奴隷」などの楽曲で多重の声が交差し、旋律とリズムが一体化する。坂本慎太郎による歌詞が、冷静さと温かさを同時に描き出す。音と声が重なり合い、新しいポップの形を提示したプロジェクトである。

声が音になる瞬間──LilyからSalyu×Salyuへ

Salyuという声の存在は、もともと映画の中から現れた。岩井俊二『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)の架空の歌姫Lily Chou-Chou。その声を担ったのがSalyuだった。虚構と現実の境界から立ち上がった彼女は、デビュー時から“声”というメディアの在り方を問う存在だった。

だが、初期の彼女は小林武史プロデュースの枠内で生きていた。バンド・アンサンブルに乗る声として設計され、感情と叙情の間を揺れ動く典型的なJ-POPシンガーだった。

Salyu自身がそこに限界を感じていたのは確かだろう。彼女はヴォーカリストとしての純粋な欲望――声をもっと自由に、構造的に扱いたいという衝動――を抑えきれなかった。

その衝動を形にしたのが、コーネリアス(小山田圭吾)との邂逅だった。ふたりをつないだのは、バンドメンバーという偶然と、理論への親和性という必然。

“クロッシングハーモニー理論”という多声的ハーモニー構築の概念を、Salyuは身体レベルで理解していた。単なる技術ではなく、“声を建築する”という発想。『s(o)un(d)beams』(2011年)は、その実験が結晶化した音響装置である。

この“クロッシングハーモニー理論”は、小山田が2000年代以降のライブ・プログラミングやDAW実験で提示してきた“多声の干渉構造”に由来する。フェイズシフトを意図的にずらし、同音域に複数の声を配置することで、新たな調和と摩擦を同時に生み出す方法論だ。

クロッシングハーモニーの構造

『s(o)un(d)beams』の核心にあるのは、“声”そのものを音素材として扱うという発想だ。

Salyuの声は旋律であり、リズムであり、ハーモニーである。メロディラインが重なり合い、声が声を支え、そして声が打楽器のように反復される。ここで彼女は「歌う人」から「構築する人」へと変貌する。

M-1「ただのともだち」では、多重録音されたSalyuの声が四方八方から飛び交い、ひとつの立体音響空間を形成する。音の層は透明でありながら密度が高い。

これはもはや歌ではなく、音の彫刻だ。コーネリアスのプロダクションは冷徹なまでに幾何学的だが、坂本慎太郎による素朴なリリックが血の温度を与えている。その“冷たさとぬくもりの接点”にこそ、Salyu×Salyuというプロジェクトの美学がある。

そしてM-6「奴隷」。コーネリアスが初めて“クロッシングハーモニー理論”を応用したというこの曲で、Salyuは驚異的な柔軟性を見せる。複雑なコードとタイム感の中でも、彼女の声は迷わない。音が密集し、時に衝突しても、彼女の発声は空間を整流する。まるで自己増殖する音の中で、自分自身を再構築していくように。

この構造は、聴覚的な快楽を超えて、声の存在論的問いへと至る。誰が歌っているのか? その“私”はどこにいるのか? Salyuは声を分裂させ、自己を解体しながら、最終的に“ひとつの音”として再生する。クロッシングハーモニーとは、多声の混線ではなく、“自己の複数性を肯定する装置”なのだ。

その理念は、坂本龍一が『未来派野郎』や『B-2 UNIT』で提示した“声の解体=再構築”にも通じる。つまりSalyu×Salyuとは、YMO以降の「声を楽器とする」思想のゼロ年代的継承形でもあった。

音響装置としての身体──Salyuの拡張とライブの奇跡

2011年の夏、僕は夢の島公園「WORLD HAPPINESS」でSalyuのステージを観た。『ただのともだち』のミュージックビデオでは四人のSalyuが同時に歌っていたが、ステージ上ではサポートヴォーカルを三人従え、リアルタイムでその構造を再現してみせていた。

ひとつの声が四つに分かれ、空間を巡回しながら再び一体化していく。その光景は、音楽というよりも、もうほとんどインスタレーションに近い。

彼女はもはや“歌手”ではなかった。ステージ上で自らの声を素材として操る存在、つまり“身体を持つ音響装置”だった。Salyuは声を身体から切り離すのではなく、身体そのものを“声の生成装置”として拡張している。そこには舞踏家・勅使川原三郎的な“肉体=振動体”の思想さえ感じられる。

小山田はこの作品で、左右定位の極端なパンニング、マイクロディレイによる空間のずれ、そして中域の“間引き”を駆使して、声の多層構造を浮かび上がらせた。その手法は“構築された自然音”とも呼ぶべき人工的リアリズムを作り出している。

コーネリアスにとってSalyuとは、自身の音楽理論を実体化できる稀有なメディアだったのだろう。そしてSalyuにとって小山田は、声という身体を再定義するための他者だった。『s(o)un(d)beams』とは、ふたりの実験が交差した結果生まれた、〈声の未来形〉である。

このプロジェクト以降、“声の分解と再構築”はPerfume、HANA、millennium paradeといったアーティストへも受け継がれた。ゼロ年代後期からの“構築系J-POP”の潮流は、ここを起点に加速していく。

『s(o)un(d)beams』は、感情を伝える音楽ではなく、構造そのもので感情を喚起する音楽である。そこにこそ、コーネリアスとSalyuが提示した“声の未来”がある。

DATA
  • アーティスト/salyu×salyu
  • 発売年/2011年
  • レーベル/トイズファクトリー
PLAY LIST
  1. ただのともだち
  2. muse’ic
  3. Sailing Days
  4. 歌いましょう
  5. 奴隷
  6. レインブーツで踊りましょう
  7. s(o)un(d)beams
  8. Mirror Neurotic
  9. Hostile To Me
  10. 続きを