霊的な美しさをたたえた、タルコフスキーの映像詩
スヤスヤ…スヤスヤ…やべえ、すっかり寝てしまった。せっかく渋谷のイメージフォーラムまで出向いてきたのに、1800円損しちまったよ。だって眠いんだもん、タルコフスキーの映画って。概括的にいって、彼の映画の特徴は以下のようなものである。
- ワンカットがやたら長い。
- ストーリーが緩慢で、ちっとも先に進まない。
- セリフが極端に少ない。
しかし、不思議だ。『ノスタルジア』(1983年)には、僕にゆっくりと浸透していく、何かしらの「作用」がある。…いや、逆だ。僕の内的宇宙…原始の記憶に、訴えかけてくるのだ。
『ノスタルジア』に現出するおびただしい水は、映画の概念的な形式を溶解してしまう。それは無定形にゆらぎ、たゆたうイメージとして脳内にエコーする。
タルコフスキーの試みは、スクリーンに写し出された映像を物語るのではなく、それを触媒として我々の記憶のスクリーンにプラグインし、一人一人の「映画」を覚醒させることにあるのだ。
水、それは畏怖の対象であり、なおかつ我々が回帰すべき安息の地でもある。この有機的宇宙の前では、「1+1=2」は存在しえない。ノスタルジアで描かれる世界は、方程式が整然と並ぶ数学的宇宙ではないのだ。
全てのものが溶け合い、共鳴しあう世界に我々は生きている。「1+1=1」は、タルコフスキーの宇宙観が端的に示された「無限の」方程式なのだ。
そして、その映像。フラスコ絵画のように芳醇な色彩。ひとつひとつの光の粒が、驚くべき臨場感をたたえてスクリーンに現出する。極端に強調された光と影のコントラストは、清冽な輝きを放って、深いみどりのきらめきと、自然界のざわめきを切り取っていく。
地平線の、その向こうまで見渡せるかのような風景を前にして、我々はただただ感嘆のため息をもらすのみ。嗚呼、世界は何と美しいのだろう。美しい。ただただ、圧倒的に美しい。
タルコフスキーはまた、「時間」すら映画から解放させてしまった。エイゼンシュタインが『戦艦ポチョムキン』で確立したモンタージュ理論は、「時間」を支配することによって映画のダイナミズムを生み出す古典的手法。
しかし『ノスタルジア』は、驚く程ワンカットが長い。タルコフスキーは意図的な時間操作を放棄し、雨がふりつける音、犬の遠吠え、雷などあらゆる自然音によって、悠久の時を刻んでいく。空間と時間が本来有する、圧倒的なダイナミズムをみせつけられるのだ。
『ノスタルジア』は、霊的な美しさをたたえた映像詩だ。まるで胎内に導かれるように、観る者のノスタルジー(郷愁)を…かき立てる…。やばい、こんなこと書いているうちに…また眠くなってきた…。スヤスヤ…スヤスヤ…。
- 原題/Nostalghia
- 製作年/1983年
- 製作国/ソ連、イタリア
- 上映時間/126分
- 監督/アンドレイ・タルコフスキー
- 製作総指揮/レンツォ・ロッセリーニ、マノロ・ボロニーニ
- 脚本/アンドレイ・タルコフスキー、トニーノ・グエッラ
- 撮影/ジュゼッペ・ランチ
- 音楽/L・V・ベートーヴェン、ジュゼッペ・ヴェルディ
- 美術/アンドレア・クリザンティ
- オレーグ・ヤンコフスキー
- エルランド・ヨセフソン
- ドミツィアーナ・ジョルダーノ
- パトリツィア・テレーノ
- ラウラ・デ・マルキ
- デリア・ボッカルド
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