典型的なドタバタ・コメディーの基本フォーマットを崩さずに今なお連載を続ける「こち亀」は、偉大な「昭和・平成」史である。考察してみるに、「こち亀」におけるパターン展開は大別すると次の三つがあげられる。
- パソコン、バービー人形、携帯電話など豊富な知識をいかしたウンチクもの。
- 両さんがその超人的な体力を発揮するドタバタ・コメディーもの。
- 浅草を舞台にした人情もの(両さんの少年時代のエピソードなど)。
秋本治の本領が発揮されるのは、言うまでもなく1のパターンである。パソコンがブームになれば両さんは自作のパソコンを売り出そうとするし、ワインブームになれば本場フランスから買い付け独占を画策する。
19ページという限られた枚数のなかで、ウンチクを適度に交えながらコメディーとしてのスピリットを突き通す。マニアックな知識をメジャーな笑いに転化できる筆力こそが、秋本治のお家芸なのだ。
一警官にしかすぎない中川と麗子が、巨大財閥を背景にした、とんでもない大富豪であるとか、主要キャラクターがかなり「キャラ立ち」していることも見逃せない。
バイクに乗ると性格が豹変する本田、絶世の美女であるオカマのマリア、四年に一度しか起きない日暮、亀有にはマトモな警官がいないのかと思うほどの、奇人変人揃いだ(あまりにも普通なキャラの寺井が異様ですらある)。
破天荒な両さんと、勤勉で実直な部長とのコントラストも見逃せない。部長という「一般常識論者」の視点から両さんを描くからこそ、暴走するストーリーが常に同一レベルで語られるのである。
最近はお色気なども交えたラブコメ路線に少しずつシフトチェンジしている印象だが(麗子もすっかりお色気要員になりさがってしまった)、とにかくその圧倒的な創作のエネルギーと、マニアックなジャンルにまで精通した引き出しの広さには驚嘆せざるを得ない。
某インタビューで秋本治は「僕はまだまだネタは充分に持っているんです」と答えていたそうだが、あらゆるトピックにアンテナをはり巡らし、面白いと思ったものはすべてマンガに昇華してしまう力量はタダモノではない。
長期連載、そのスタイルから「こち亀」をマンガ界の「男はつらいよ」になぞらえる人も多いようだが、偉大なるマンネリズムを徹底した「男はつらいよ」に比べ、「こち亀」はその時代のトレンドを取り入れて、日々成長している。浅草という下町から発信される情報は、常に魅力的で新しい。
…ちなみに僕は、アニメ版「こち亀」の両さん役、ラサール石井の声にいまだに違和感を感じている一人である。
- 著者/秋本治
- 発売年/1976年
- 出版社/集英社
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