ヴィム・ヴェンダースが意気揚々とハリウッドに乗り込んだ、ハードボイルド・ミステリー
フランシス・フォード・コッポラが設立した映画製作スタジオ、アメリカン・ゾエトロープ。
この第一回作品に選ばれたのは、『血の収穫』(1929年)や『マルタの鷹』(1930年)など、ミステリの世界にハードボイルド・スタイルを持ち込んだ作家ダシール・ハメット作品…ではなく、ダシール・ハメット自身を主役にしたジョー・ゴアズの小説の『ハメット』だった。
当初はニコラス・ローグやフランソワ・トリュフォーに監督を打診したもののすげなく断られ、当時新進気鋭のドイツ人映画監督だったヴィム・ヴェンダースにお鉢が回ってくることになる。意気揚々と映画の都ハリウッドに乗り込んだヴェンダースは、製作の全権を握っていたコッポラとことごとく対立。
製作費の高騰もあって撮影が一時中止してしまう憂き目に逢うのだが、その中止期間のあいだもヴェンダースはドイツに戻って別の映画を撮っていたというのだから、ウォン・カーウァイの『2046』(2004)ばりの長期プロジェクトだった訳だ。
そもそもヴィム・ヴェンダースが、アメリカ資本の映画システムから遠く離れて、祖国ドイツで曰く“最後のアメリカ映画”『パリ、テキサス』(1984年)を撮ったのは、『ハメット』における製作上の衝突があったからだと推察する。
そんなこんなで完成した『ハメット』であるが、どうにもアクション・シーンがヌルかったり(ヴェンダースらしいといえばらしいのだが)、事件にまつわる人間関係が複雑で、ストーリーを追っているだけではどーにもよく分からなかったり、世間的には極めて低い模様。個人的には、そんなに悪い映画だとは思わないのだが。
ロマン・ポランスキーの『チャイナタウン』(1974年)と比較すると、退廃的なムードは希薄だが、カキワリのようなセットで’20年代のロサンゼルスを再現してしまったのは、チープながら味がある。
フレデリック・フォレストが、ガラス張りの床ごしに真上にいる人物を見上げる仰角ショットや、坂が多いロサンゼルスの地理的条件を活かすため、車が停まるシーンでちょっとカメラを傾けさせるなど、芸の細かいショットも満載。ドイツから来た異邦人監督の視点によって、アメリカ探偵小説の世界がムードたっぷりに醸成されている。
むしろこの映画の最大のウィーク・ポイントは、俳優陣の弱さ。ダシール・ハメットにルックスが似ているという理由からキャスティングされたのであろうフレデリック・フォレストは、バーボン片手に煙草をくもゆらせるタフガイには到底見えないし、何よりもまず、ファム・ファタールとして機能すべきクリスタル・リンが全くチャーミングじゃないのが致命的。
ハードボイルドはまず人間が魅力的じゃないとイカンでしょう。
- 原題/Hammet
- 製作年/1982年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/95分
- 監督/ヴィム・ヴェンダース
- 製作総指揮/フランシス・フォード・コッポラ
- 製作/フレッド・ルース、ロナルド・コルビー、ドン・ゲスト
- 原作/ジョー・ゴアズ
- 脚本/ロス・トーマス、デニス・オフラハティ
- 撮影/ジョゼフ・バイロック、フィリップ・ラスロップ
- 音楽/ジョン・バリー
- 美術/ディーン・タブラリス
- フレデリック・フォレスト
- ピーター・ボイル
- マリル・ヘナー
- ロイ・キニアー
- エライシャ・クック
- リディア・レイ
- R・G・アームストロング
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