『ワールド・ウォーZ』(2013年/マーク・フォースター)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『ワールド・ウォーZ』(原題:World War Z/2013年)は、マックス・ブルックスの同名小説を基に、マーク・フォースター監督が圧倒的なスケールで映像化したパニック・サスペンス。突如として発生した謎のウイルスによって人々が凶暴化し、世界規模でパンデミックが連鎖していく中、元国連捜査官のジェリー・レイン(ブラッド・ピット)が、愛する家族と人類を救うため、感染源と解決策を求めて世界中を奔走する姿を描く。群れを成して津波のように押し寄せる感染者の群衆の視覚的恐怖や、エルサレムの防壁を死の波となって乗り越えようとする絶望的なシークエンスなど、息を呑むようなスペクタクルと緊迫感に満ちた演出が光り、ゾンビ映画史上最大のヒットを記録した。
- 2013年度映画秘宝:第5位
ゾンビ映画をめぐるマーケティングの罠
『ワールド・ウォーZ』(2013年)は、公開当時から内容よりも宣伝戦略に注目が集まっていた。配給サイドは徹底してゾンビ映画であることをひた隠し、パンデミック・サスペンスとして打ち出したからだ。
ゴア描写や残虐表現を前面に押し出せば、観客層はコアなホラーファンに限定されてしまう。そのため、「これは血まみれのB級ではなく、ブラッド・ピット主演の社会派大作デス!」というマーケティングが選ばれた。
だが、この手法は果たして正しかったのだろうか。ここには、ハリウッドがゾンビというジャンルに抱く複雑な距離感と、大作映画の商業論理が如実に現れている。
ゾンビ映画といえば、低予算の代名詞。ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)はわずか製作費11万4000ドルで撮られ、インディペンデント映画史に金字塔を打ち立てた。
そこにあるのはスプラッター、政治的寓意、そして不特定多数の観客にとっては近寄りがたい「不快さ」だった。
一方の『ワールド・ウォーZ』は、ブラッド・ピットが製作・主演を務め、予算は1億5000万ドル。ゾンビ映画としては史上空前のスケールだ。
にもかかわらず、宣伝ではゾンビを封印し、あたかも『アウトブレイク』(1995年)のような感染パニック映画の系譜に連なるかのように売られてしまった。
この選択は、ゾンビという言葉に付きまとう低俗の烙印をどうしても拭いたいという、焦燥の表れにほかならない。
製作現場の混迷──大作病の典型
この映画の裏側は、ハリウッド大作病の見本市のようだ。
レオナルド・ディカプリオの製作会社アッピアン・ウェイとの入札競争に勝ち、ブラッド・ピット率いるプランBエンターテインメントが、マックス・ブルックス(あのメル・ブルックスの息子)の小説『WORLD WAR Z』の映画化権を獲得するまでは良かったが、そこからが悪夢の始まり。
監督と脚本家の対立、ライターの頻繁な交代、ゴアすぎるとして丸ごと削られたロシアでのゾンビ大虐殺シーン、撮影後の大規模な再撮――。混乱は収拾がつかず、ハンガリーでのロケでは小道具に本物の銃が混ざっていたため、対テロ部隊が突入するという珍事まで起きた。
結果として完成した映画は、当初構想されていた壮大な黙示録的スペクタクルを縮小し、安全でコンパクトな終盤に差し替えられた。まさに「スター俳優主導の超大作」がいかに企画を肥大化させ、同時に表現を萎縮させるかを示す寓話のようだ。
とはいえ、完成品にまったく魅力がないわけではない。むしろ序盤のフィラデルフィア、イスラエルのシークエンスには圧倒的な迫力が宿る。特に、イスラエルの分離壁をゾンビのピラミッドが乗り越えていく場面は、ジャンル史に残る名場面だろう。
何千、何万という群衆が雪崩のように壁をよじ登る光景は、従来の腐敗した死体ではなく数の暴力としてのゾンビを可視化。ゾンビ1万体の三角ピラミッド祭りだ、ヒャッホー!ここには、モブ・シミュレーション・プログラムAliceが生み出したデジタル時代のゾンビ像がある。
一方で、後半のアイルランド・シークエンスは急ごしらえの箱庭ホラーと化し、映像的スケールが一気に縮む。つまりこの映画は、前半にゾンビ映画の未来を提示しながら、後半でその可能性を自ら畳んでしまったのだ。なんとも不思議な構成である。
ゾンビ映画史における位置づけ
『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』が死者の政治性を、ダニー・ボイルの『28日後…』(2002年)が感染と加速を提示したように、『ワールド・ウォーZ』は数量化されたゾンビという新たな視覚的アプローチを打ち出した。
それはもはや人間的な怪物ではなく、無名の大衆が波のように押し寄せる集合体。グロテスクな食人描写を廃してPG-13レーティングに収めた点も特筆すべきだろう。
ここにあるのは、ロメロ的社会批判とは別の方向で、ゾンビをグローバル市場向けにチューニングしたハリウッド的発明だ。ゾンビの「グローバル化」と言い換えてもよいだろう。
ストーリーテリングには粗が多い。ウイルス学者が冒頭であっけなく死ぬ唐突さや、元CIAエージェントの証言をブラピが即座に信じてしまう安易さは、観客を失笑させるだろう。
だが、それでも『ワールド・ウォーZ』は「ゾンビ映画に興味はあるが、血まみれは苦手」という観客層への格好の入門編となった。セガン兵士のような魅力的サブキャラも含め、娯楽映画としてのエンタメ性は十分に備えている。
この映画はゾンビ映画を再生したのか、それともゾンビ映画を去勢したのか。おそらくそこに、評価の分かれ目がある。
参考文献・出典
- 監督/マーク・フォースター
- 脚本/マシュー・マイケル・カーナハン、ドリュー・ゴダード、デイモン・リンデロフ
- 製作/ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、ジェレミー・クライナー、イアン・ブライス
- 原作/マックス・ブルックス
- 撮影/ロバート・リチャードソン
- 音楽/マルコ・ベルトラミ
- 編集/ロジャー・バートン、マット・チェーゼ
- 美術/ナイジェル・フェルプス
- 衣装/マイェス・C・ルベオ
- ワールド・ウォーZ(2013年/アメリカ)
![ワールド・ウォーZ/マーク・フォースター[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/71aZPJdO-RL._AC_SL1500_-e1759086960898.jpg)
![ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/ジョージ・A・ロメロ[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/61NG13TGjL._AC_UL640_FMwebp_QL65_-1-e1766826770781.webp)