『ターミネーター:新起動/ジェニシス』(2015)
映画考察・解説・レビュー
『ターミネーター:新起動/ジェニシス』(原題:Terminator Genisys/2015年)は、アラン・テイラー監督が、1984年の第1作で確立されたタイムラインを「時間軸の分岐」という手法で大胆に解体し、再定義を試みたシリーズ第5弾。救世主ジョン・コナーをナノ粒子状の新型機へと変貌させるという不可逆なプロットは、ファンに衝撃を与えると同時に、ジェームズ・キャメロンが築き上げた神話の根幹を揺るがす分岐点となった。
技術的特異点への到達:1984年の完全再現という狂気
『ターミネーター:新起動/ジェニシス』(2015年)は、ハリウッドが陥ったリブート地獄の中で咲いた、最も歪で、しかし最も愛おしい徒花である。
公開当時、我々は困惑の渦中にいた。「ジェニシス」という綴りの座りの悪さ、そして何より“神”であるジェームズ・キャメロン自身が「これが私にとっての『3』だ」と(後に友人のためのリップサービスだったと判明するが)太鼓判を押したという事実。
期待と不安がない交ぜになった状態で劇場へ足を運んだファンが見たものは、過去の名作への執拗なまでのオマージュと、それを自ら破壊しようとするパンクな精神、そして複雑怪奇に絡み合ったタイムラインのスパゲッティ状態だった。
だが、僕は声を大にして言いたい。この映画の失敗も含めて、すべてを愛でることこそが、21世紀のポップカルチャー・ファンの作法ではないか、と。
本作最大の見せ場にして、映画史における一つの事件とも言えるのが、冒頭の1984年パートである。グリフィス天文台に降り立つ若き日のT-800。ビル・パクストン演じるチンピラから服を奪おうとしたその瞬間、現れたのは白髪の老ターミネーターだった。
「待っていたぞ」という渋い台詞と共に、新旧シュワルツェネッガーが激突する。このシーンの興奮だけで、チケット代の元は取れたと断言してもいい。だが、ここで語るべきは単なるファンの興奮ではない。このシーンを実現させた、VFX制作会社MPCの狂気的な執念である。
彼らは、ボディダブルの肉体に、1984年当時のアーノルドの顔をフルCGで合成・再現するという、当時としては極めて難易度の高いミッションに挑んだ。
彼らは1作目の『ターミネーター』のあらゆるショットをフレーム単位で解析し、皮膚の質感、無機質な眼差し、筋肉の微細な収縮に至るまで、完全に「あの頃のシュワ」をデジタル空間で再構築したのだ。
制作期間は実に12ヶ月。人間の俳優を使わずに人間を描く「デジタル・ヒューマン」技術において、本作は『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)を超え、後の『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)のターキン提督や、『アイリッシュマン』(2019年)へと続く系譜の、重要なマイルストーンとなったのである。
しかし、この「1作目の完全再現」という荒技は、諸刃の剣でもあった。アラン・テイラー監督は、観客が1作目の映像文法を熟知していることを逆手に取り、ナイクショップでの服の調達シーンなどを巧みにリミックスしてみせる。
だが、物語が進むにつれて明らかになる「別のタイムライン」という設定が、全てを複雑にしてしまう。「スカイネットがカイル・リースを転送した瞬間に歴史が変わった」という説明ひとつで、T-1000(イ・ビョンホン)がなぜか1984年に先回りしており、サラ・コナー(エミリア・クラーク)が既に戦士として覚醒しているという、スーパーカオスな展開へ突入する。
我々は間違っても、タイムパラドックスの整合性なんぞを求めてはいけない。これはSF考証に基づいたハードSFではなく、「もしもあのキャラとあのキャラが出会ったら?」という二次創作的妄想を、1億5500万ドルという巨額の予算で映像化したお祭りなのだ。
そう割り切った瞬間、本作は輝き出す。液体金属のT-1000と老T-800の対決という、本来あり得ないドリームマッチの連続。これを迷走と呼ぶか、究極のファンサービスと呼ぶか。
僕は後者を支持したい。なぜなら、作り手の「俺たちが観たいターミネーター全部乗せ」という熱量だけは、痛いほど伝わってくるからだ。
脚本の迷宮とマーケティングの大罪
本作を語る上で避けて通れないのが、映画マーケティング史に残るであろう「最悪のネタバレ予告編」事件である。
公開前の予告編で、人類の救世主ジョン・コナー(ジェイソン・クラーク)が、あろうことか敵の新型ターミネーター「T-3000」そのものであることが明かされてしまったのだ。 本来であれば、映画の中盤で観客を絶望の淵に叩き落とすべき最大のツイストを、なぜスタジオは自らバラしてしまったのか?
その背景に、スタジオ側の焦りがあったことは想像に難くない。もはや「ターミネーター」というブランドだけでは客を呼べないと考えたマーケティング部門が、最大のフックである「ジョンの闇落ち」を切り札として使ってしまったのだ。
この判断ミスが致命的だったのは、映画のサスペンス構造を根底から破壊してしまったから。劇中、カイル・リース(ジェイ・コートニー)とサラが息子であるジョンと再会するシーン。
本来なら感動的な親子対面であり、観客も安堵する場面であるはずが、予告編を見た観客は「こいつ、もう敵じゃん」という冷めた目で見ることになる。サスペンスがいっさい機能しないのだ。監督のアラン・テイラー自身もこのマーケティングには強く反対していたが、巨大スタジオの論理には抗えなかった。
しかし、この「ジョン・コナー=ヴィラン」というアイデア自体は、脚本家のレータ・カログリディスとパトリック・ルシエによる、シリーズの呪縛を解くための非常に野心的な試みだったといえる。
これまで「守られるべき存在」または「絶対的な指導者」として神格化されてきたジョン・コナーを、ナノマシン技術によって物理的にスカイネットと融合させてしまう。
これは、シリーズが長年抱えてきた、「いつまでスカイネットと戦い続けるのか」という問いに対する、一つの皮肉な回答とも言える。救世主こそが最大の敵になる。この絶望感は、もっと丁寧に扱われていれば、シリーズ屈指の傑作になり得たポテンシャルを秘めていたのだ。
さらに本作は、現代のテクノロジーへの警鐘も内包していた。「ジェニシス」とは、PCやスマホ、タブレットを繋ぐ巨大なOSアプリであり、人々は利便性と引き換えに自ら進んで監視社会を受け入れる。
スカイネットはもはや軍事コンピューターではなく、便利なアプリとして我々の生活に侵食するのだ。この設定は、2015年当時のIoTやクラウド化への不安を反映しており、1984年の核戦争の恐怖を現代的にアップデートしようとする、脚本家たちの知的な企みが見て取れる。
だが、残念ながらそのテーマは、爆発とチェイスシーンの陰に隠れてしまった。マット・スミス演じるT-5000という謎めいたキャラクターも、本来なら続編でその正体が明かされるはずだったが、その伏線も永遠に回収されることはなくなってしまったのである。
おじいちゃんターミネーターの哀愁と、未完の未来
僕がこの映画を憎めない最大の理由は、やはりアーノルド・シュワルツェネッガー演じるおじいちゃんターミネーターの存在にある。
白髪になり、関節も軋むようになったT-800。彼が何度も口にする「私は古いが、ポンコツではない(I’m old, not obsolete)」という台詞は、涙なしには聞けない。
これは単なる劇中の台詞を超え、シュワルツェネッガー自身のキャリア、そして『ターミネーター』というフランチャイズそのものへの強烈なメタファーとして響く。
CG全盛の時代、肉体派アクションスターは時代遅れなのか? 何度もリブートされ、擦り切れるほど消費されたこのシリーズに、まだ存在意義はあるのか? その問いに対し、シュワは自らの老いた肉体を晒し、泥臭く戦うことで「NO」を突きつける。
特にラストバトル、ナノマシンで構成された無敵のT-3000に対し、旧式の拳と即席の磁気ナックルで殴りかかる姿は、アナログの意地そのもの。彼はもはや殺人機械ではなく、頑固で不器用な父親としてそこに立っている。
興行的な結果を見れば、本作は北米で大苦戦し、当初予定されていた続編2作(2017年、2018年公開予定だった)とテレビシリーズ構想は全て白紙となった。
中国市場での爆発的なヒットにより首の皮一枚繋がったかに見えたが、批評的な失敗は覆せず、後の『ターミネーター:ニュー・フェイト』(2019年)での「なかったこと」扱いに繋がってしまう。アラン・テイラー監督が後に「監督としての自信を喪失した」と語るほど、制作現場もクリエイティブの主導権争いで混乱を極めていたようだ。
だが、最後にポップスが液体金属の能力を得てアップグレードするように、この映画もまた、シリーズの中で異彩を放つ「アップグレードされた徒花」として記憶されるべきだ。
もちろん完璧ではないし、カイル・リース役のジェイ・コートニーの配役には未だに納得がいかないファンも多いだろう。しかし、そこには「なんとかしてシリーズを新生させたい」という作り手たちの血の滲むような、あるいは回路の焼き切れるような熱意があった。
僕たちはその熱意を、あのシュワルツェネッガーのぎこちない笑顔の練習シーンと共に、記憶のアーカイブに永久保存しておくべきなのではないか。
- 監督/アラン・テイラー
- 脚本/レータ・カログリディス、パトリック・ルシエ
- 製作/デヴィッド・エリソン、ダナ・ゴールドバーグ
- 製作総指揮/ビル・カラッロ、レータ・カログリディス、パトリック・ルシエ、ミーガン・エリソン、ロバート・コート
- 制作会社/スカイダンス・プロダクションズ
- 撮影/クレイマー・モーゲンソー
- 音楽/ローン・バルフェ
- 編集/ロジャー・バートン
- 美術/ニール・スピサック
- 衣装/スーザン・マシスン
- ターミネーター:新起動/ジェニシス(2015年/アメリカ)
- ターミネーター(1984年/アメリカ)
- ターミネーター2(1991年/アメリカ)
- ターミネーター3(2003年/アメリカ)
- ターミネーター4(2009年/アメリカ)
- ターミネーター:新起動/ジェニシス(2015年/アメリカ)
- ターミネーター:ニュー・フェイト(2019年/アメリカ)
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