2026/5/7

『floating pupa』(2008)徹底解説|高橋幸宏が到達した、神経症的サウンドを超えた温もり

『floating pupa』(2008年/pupa)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー

10段階評価
6
OKAY

概要

『floating pupa』(2008年)は、高橋幸宏の呼びかけにより、原田知世、高野寛、高田漣、堀江博久、権藤知彦という日本を代表する実力派ミュージシャンたちが集結したバンド、pupaのデビュー・アルバムである。アコースティック楽器の温もりと緻密なエレクトロニクスが融合した「フォークトロニカ」サウンドをベースに、原田知世の透明感あふれるボーカルが心地よい浮遊感をもたらしている。各メンバーの卓越した音楽的背景が交錯しながらも、決して難解になることなく、洗練された上質な大人のポップ・ミュージックへと見事に昇華されている。

目次

巨星たちの傍らで

かつてサディスティック・ミカ・バンドやYMOなど、日本のポップ・シーンに永遠にその名前を刻むスーパー・バンドに在籍してきた高橋幸宏だが、歴史を振り返ってみると、彼自身が絶対的なイニシアチブをとってバンド全体を牽引したというケースは意外に少ない。

サディスティック・ミカ・バンドでは加藤和彦が明確に音楽の主導権を握っていたし、YMOにおいては細野晴臣が実質的なプロデューサーの役割を担い、コンセプトを束ねていた。

そして、高橋幸宏の呼びかけによって、高野寛、権藤知彦、堀江博久、高田蓮、原田知世という錚々たる才能が集結して結成されたバンド、pupaもまた、決して幸宏主導によるワンマン・バンドにはあらず。

それぞれが自立したミュージシャンとして楽曲やアイディアを対等に提供し合うという、極めてフラットな関係性で繋がっているのだ。この風通しの良さこそが、自由な空気を思い切り吸い込んだキュートなポップ・ソングを創りだす、最大の原動力になっている。

神経症的サウンドからの脱却

もともと高橋幸宏がソロワークス等で紡ぎ出す音楽は、極めて洗練されている。しかしその一方で、どこか神経症的というか、スマートでありながらもオプティミスティックな高揚感に欠けるきらいがあった。生来の極端な完璧主義が邪魔をして、聴き手の耳にはやや硬派でストイックすぎる印象を与えていたのである。

何せ彼は、高校在学中からプロのスタジオ・ミュージシャンとして活動していた生粋の職人。必要以上にサウンド・オリエンテッドな緻密な作り込みを行ってしまうのも無理はない。

音楽に対する敬虔で真摯な態度という意味では、盟友である細野晴臣や坂本龍一以上かもしれない(細野はもともと漫画家を志していた時期があり、坂本にいたっては、かつて「ポップ・ミュージックの活動はどこかアルバイト感覚だった」と発言しているほどだ)。

しかし、pupaという集合体においては、そのストイックさが良い意味で見事に中和されている。

有機的な温もり──個性豊かなメンバーとの邂逅

pupaにおいて、高橋幸宏の神経症的なエレクトロニカ・サウンドは、権藤知彦による柔らかいユーフォニウムの音色、高田蓮のノスタルジックなペダル・スティール・ギター、そしてアンチ・エイジングの権化とも言うべき原田知世の無垢で透明感あふれるヴォーカリゼーションと幸福な邂逅を果たす。

この見事な化学反応によって、かつての冷ややかなサウンドは、手作りの温かみを持った有機的なサウンドへと完全に刷新された。

それはまるで、深い緑の森と紺碧の空にすっぽりと包まれた、暖色系の穏やかな風景を聴き手の脳裏に呼び覚ましていくかのようだ。理屈抜きに、とってもハート・ウォーミングな音楽として鳴り響いているのである。

彼らのファースト・アルバム『floating pupa』(2008年)は、ただ単に耳障りの良い和み系のアルバムには留まらない。出囃子的なオープニングを飾るM-1『Jargon -What’s pupa-』(2008年)からして、コーネリアスがライヴ・パフォーマンスで提示した『SENSUOUS SYNCHRONIZED SHOW』(2006年)にも通じるような、非常にスタイリッシュでテンションの上がる音響構築を見せつける。

続くM-3『Creaks』(2008年)ではエレクトリック・バグパイプが高らかに鳴り響き、M-8『How?』(2008年)では、いかにも高野寛らしいオーガニックでアコースティックなサウンドが優しく空間を包み込む。

このように、ベテラン・ミュージシャンならではのバラエティー豊かなアイディアと技巧を次々と繰り出しつつも、『floating pupa』はアルバム全体として非常に慎ましやかであり、大人の余裕としなやかさを感じさせる傑作に仕上がっている。フラットな関係性が生み出した奇跡のバランスが、ここに美しくパッケージされているのである。

参考文献・出典

アルバム情報
プレイリスト
  1. 1. Jargon
  2. 2. At The Zoo
  3. 3. Crepuscular Rays
  4. 4. Cruel To Be Kind
  5. 5. Now And Then
  6. 6. Tuning
  7. 7. Glass
  8. 8. How?
  9. 9. Anywhere
  10. 10. Tsumi No Ishiki
  11. 11. Sunny Day Blue
  12. 12. New World
  13. 13. Floating Pupa
  14. 14. Let's, Let's Me Make Love
  15. 15. Liar
pupa アルバムレビュー