核家族化による問題を冷徹な眼差しで残酷に暴きだす、小津的ホラー映画
よく勘違いされている方がいるので整理させていただきますが、小津安二郎的リアリズムの根幹を成す技法として、広く喧伝されているロー・ポジションは、間違ってもロー・アングルではない!ない!全然ない!
アングルとは角度の問題なんであって、これじゃあ仰角という意味になってしまうじゃありませんか。小津映画では、カメラは一般的なアイ・ポジションよりも低い位置に据え置かれているのであり、故に独特の様式美が完成するのだ。
家族の生活をじっくり描く小津映画にあっては、低いカメラ・ポジションのほうが効果的かつ安定感があるとか、日本家屋を撮るにあたってはなるべく畳の位置に近いほうがいいとか、サイレント映画時代のポジションを発展させたものだとか、このロー・ポジションの誕生には諸説あり。
しかしどうにも僕には、最も客観的に、冷静に家族のありようを観察できる「子供の目線」を導入したかったのではないか、という気がする。
昔、僕の祖父が亡くなったとき、広い居間にぽつんと座りながら、周りの大人たちが交わす会話の素っ気なさ、人の死に対するドライな受け止め方に少なからず衝撃を受けた覚えがある。
僕の預かり知らぬ人間たちのこと、仕事のこと、場所の話に興じる大人たちを、僕は憤懣やるかたない気持ちで聞いていた。まあオッサンになってしまった今となっては、人生経験を重ねてきた大人たちが人の死も恒常的な出来事に組み込んでしまう現実も理解できるが、まだ小学生だった僕にとって“死”はあまりにも強烈な出来事すぎた。
あらゆるしがらみに縛られない存在である子供の目線は、最も客観的に家族を俯瞰できるポジションでもある。小津映画に感じられる不思議な既視感は、ロー・ポジションのカメラが幼年時代の記憶を呼び覚ますからではないか…。
なーんて、蓮實重彦の名著として人口に膾炙している『監督 小津安二郎』を読みもせずに勝手なことを言っておりますが。ご興味のある方は一度読んでみるといいです。
さて、『東京物語』は 小津安二郎の代表作であるばかりでなく、日本映画を代表する屈指の名作だが、学生のときに初めてこの映画を観た際には、「こいつはホラー映画だ」と思ったものだ。
汗顔の至りだが、パソコン通信(当時はインターネットという言葉はなかったのだ)の映画フォーラムにそのような感想文を発表したこともある。
核家族化による親子の問題、そして高齢化の問題というテーマを、冷徹な眼差しで残酷に暴きだすこの映画は、もはや家族という共同体は幻想でしかないと直裁に物語っている。それってもうホラーじゃありませんか。
笠智衆と東山千栄子が東京への旅支度をするファーストシーンの構図と、笠智衆が一人ぽつんと佇むラストシーンの構図を意図的に同一にして、長年側に寄り添ってきた者の不在をビジュアルとして提示させる演出技法なんぞ、あまりにも的確に空漠とした哀しみを捉えすぎていて、観ていて辛くなるほど。
一服の清涼剤的存在の原節子が、列車内で形見の懐中時計をしっかと握りしめるシーンで物語を閉じれば、どこか未来に希望が持てるような終幕になったであろうに、小津安二郎はあえて笠智衆の哀愁に満ちた横顔をラストに持ってきている。
淀川長治氏は、小津映画を評して「モノがなくなっていく映画」と語ったそうな。けだし名言なり。大団円に向けて足し算的に物語が上昇してくのではなく、時間経過と共に築き上げて行いったものが溶解し、ミニマルに物語が閉じていく。まさに、『東京物語』はその典型だ。“なくなっていく”ことへの甘美な誘惑、冷徹な眼差し。
ちなみに撮影当時、笠智衆はまだ48歳だったらしい。ものすごい老け役っぷりですね。東山千栄子は笠智衆よりも14歳年上だったのだ。彼女のでっぷりした体躯から醸し出される包容力は、姉さん女房ならではの安心感か。
僕は、彼女の「アリガト」という独特のイントネーションが頭にこびりついて離れない。
- 製作年/1953年
- 製作国/日本
- 上映時間/136分
- 監督/小津安二郎
- 製作/山本武
- 脚本/野田高梧、小津安二郎
- 撮影/厚田雄春
- 音楽/斎藤高順
- 美術/浜田辰雄
- 録音/妹尾芳三郎
- 照明/高下逸男
- 笠智衆
- 東山千栄子
- 原節子
- 杉村春子
- 山村聡
- 三宅邦子
- 村瀬禪
- 毛利充宏
- 中村伸郎
- 大坂志郎
- 香川京子
- 十朱久雄
- 長岡輝子
- 東野英治郎
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