『U-571』(2000)
映画考察・解説・レビュー
『U-571』(2000年)は、第二次世界大戦下でアメリカ海軍の特殊部隊が、連合軍劣勢を覆す切り札となるナチス・ドイツの暗号機「エニグマ」奪取作戦に挑む戦争サスペンス。偽装潜水艦で敵Uボートに乗り込んだ彼らは、予想外の交戦によって乗艦を失い、ばらばらの言語と規格で構成された敵潜水艦U-571の内部に取り残される。限られた酸素、迫りくる追撃、未知のシステムという三重苦の中、彼らは“見知らぬ艦を操り、生き延びる”という知的サバイバルへ追い込まれていく。
潜水艦映画という“限界装置”
潜水艦を舞台とする映画は、常に同じ宿命を背負っている。
閉ざされた鋼鉄の空間、酸素の減少、敵ソナーの反響、そして静寂の緊張。だがその環境こそが、作品の自由度を著しく制限してしまう。海底数百メートルで展開する知力戦は、いかに緻密であっても、やがて観客の感覚を麻痺させてしまうのだ。
『レッド・オクトーバーを追え!』(1990年)や『K-19』(2002年)といった先行作品がすでにジャンルの到達点を築いていた時点で、『U-571』(2000年)は、いかなる“差異”を提示できるかが問われていた。
閉鎖空間は、映像的リアリズムを高めると同時に、物語的進化を抑圧する檻でもある。観客は酸欠のような息苦しさの中で、画面の外へ逃げ場を求める。潜水艦モノとは、映画のフォルムそのものが極限まで圧縮されるジャンルなのだ。
エニグマ奪取計画──異化装置としてのUボート
第二次世界大戦下、アメリカ海軍はナチス・ドイツの暗号解読機「エニグマ」を奪取すべく、ドイツ潜水艦U-571への潜入作戦を敢行する。
米軍の巡洋潜水艦がドイツ艦を偽装して接近し、エニグマを確保した瞬間、別のUボートの奇襲によって味方艦が撃沈。生き残った乗組員たちは、敵の潜水艦U-571内に取り残される。
ドイツ語を理解できない彼らが、敵艦の構造とシステムを手探りで操作し、生還を模索する──この設定自体は秀逸だ。文化的・言語的な“異化”の中で、他者の技術を盗用し、生存戦略を組み立てるというアイディアは、戦争映画としてだけでなく、知識と権力の物語としても成立しうる。
しかしジョナサン・モストウ監督は、その潜在的な緊張を描き切らない。閉鎖空間の中で浮上するのは、人間の機知ではなく、凡庸なアクションの反復だった。
物語は、まるで壊れたソナーのように共鳴しながら迷走する。捕虜となったドイツ兵は、敵側への通信を試みるも即座に発覚し、処刑される。そこに“心理戦”も“葛藤”もない。
ドイツ語に堪能な通信兵ウエンツ(ジャック・ノーズワージー)は、作戦のキーマンとして登場するはずが、単なるソナー係として消費されてしまう。設定が提示する知的なスリルを、映画はことごとく放棄していくのだ。
本来ならば、敵の艦を乗っ取り、いかにして偽装し、連合国領へと逃げ切るかという緊張感を軸に展開すべきだったのではないか。だがモストウは、敵駆逐艦との“正面戦”という安易な構図を選択する。
観客が求めるのは爆雷の轟音ではなく、静寂の中の決断の瞬間だ。『U-571』は、知性を要求するジャンルを、単なる筋肉的スペクタクルに矮小化してしまった。
ボン・ジョヴィの幽霊──スターの沈没
ジョン・ボン・ジョヴィの出演は、当時の宣伝戦略の象徴だった。日本版イメージソング『Save the World』との連動もあり、彼は“異業種参戦”の目玉としてキャスティングされた。
だが映画の中で彼が果たす役割はほとんど記号的で、マシュー・マコノヒー演じる主人公の友人として登場するも、序盤で呆気なく死亡する。カリスマは一切機能せず、彼の存在は海底に沈むノイズのように消えていく。
映画とは、音楽業界のスターシステムを拒絶する場所でもある。モストウのカメラは、ボン・ジョヴィの「顔」を撮っても、「存在」を写していない。
ポップアイコンが戦争のリアリズムの中で瓦解する瞬間──それは、この作品が潜在的に抱えるアイデンティティの不協和を可視化している。
“戦わない映画”が描けなかったことの敗北
『U-571』が本来目指すべきは、戦争の英雄譚ではなく、欺瞞と恐怖の心理戦であるべきだった。海底という閉鎖空間は、人間の“認識の限界”を描くのにこれ以上ない舞台だ。
しかし映画は、敵を欺く知恵よりも、爆雷を避けるスリルを優先してしまった。潜水艦の外には無限の闇が広がり、内部には恐怖と猜疑が渦巻く。そこにこそ“戦わない戦争”の真実があったはずだ。
だが『U-571』は、観客に“考える時間”を与えない。冷戦後のアメリカ映画が陥った宿命──つまり、知性よりもアクションを信仰するという病が、ここにも顕著に現れている。
モストウは、潜水艦という象徴的装置を前にして、“沈黙の演出”という最も危険で美しい選択を回避してしまったのだ。
- 原題/U-571
- 製作年/2000年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/116分
- ジャンル/パニック
- 監督/ジョナサン・モストウ
- 脚本/ジョナサン・モストウ
- 製作/ディノ・デ・ラウレンティス、マーサ・デ・ラウレンティス
- 製作総指揮/ハル・リーバーマン
- 撮影/オリヴァー・ウッド
- 音楽/リチャード・マーヴィン
- 編集/ウェイン・ワールマン
- 美術/ゴツ・ウェイドナー
- 衣装/エイプリル・フェリー
- マシュー・マコノヒー
- ビル・パクストン
- ハーヴェイ・カイテル
- ジョン・ボン・ジョヴィ
- デイヴィッド・キース
- ジェイク・ウェバー
- トーマス・クレッチマン
- ジャック・ノーズワージー
- トム・グイリー
- ウィル・エステス
- U-571(2000年/アメリカ)
![U-571/ジョナサン・モストウ[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/81czZwB1KL._AC_SL1500_-e1759052982299.jpg)