水の中のナイフ/ロマン・ポランスキー

水の中のナイフ [Blu-ray]

体制と反体制の衝突を鮮やかに示した、ロマン・ポランスキーの記念すべき処女長編

鬼才ロマン・ポランスキーの記念すべき処女長編。

『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)や『チャイナタウン』(1974年)など、ホラー&サスペンス映画を主戦場にしているポランスキーの監督第1作『水の中のナイフ』(1962年)が、ヨットという限定された空間で、自尊心の強い中年男、結婚生活に絶望している妻、反抗心の強い若者という3人の対立・葛藤を描いた心理劇というのは、やや意外。

『ローズマリーの赤ちゃん』(ロマン・ポランスキー)

しかし、後に手がけることになる「異常心理モノ」の嚆矢と考えれば、合点がいく。『水の中のナイフ』の、徹底してシニカルで乾いたタッチは、彼のフィルモグラフィーに通底している感覚だ。

それにしても、クリスチナを演じるヨランタ・ウメッカのフリル付きビキニが、何と似合わないことよ!豊満というか若いわりには中年体型というか、ここまで男のりビドーを萎えさせる体型も珍しい。表情は凍り付いたかのように精彩がなく、芝居のトーンも一本調子。

どこぞの女優じゃ!と頭に血が上って一心不乱に調べてみると、どうやらポランスキーが市民プールでナンパしてきたド素人さんらしい。バックショットでチラリとみせる裸体は、ポーランド映画史上初のヌードシーンらしいが、個人的にはあまり嬉しくないです。

19歳の血気盛んな少年を演じるズィグムント・マラノウィッチも、未成年という割には妙に小皺が目立ち、その立ち振る舞いもどこか小市民的で、ジェームズ・ディーンやアラン・ドロンが内包していた「理由なき反抗」感に欠ける。

アンジェイを演じるレオン・ニェムチックの、上から目線でオトナの権力をふりかざしたような傲慢な振る舞いと対照すると、その貧弱さは目を覆いたくなるばかりだ。

個人的にはキャスティングに問題ありまくりなのだが、車のフロントガラスに沿道が映りこむタイトルバックや、クシシュトフ・コメダによるクール・ジャズをバックにして夕日を浴びながらヨットが疾走するシーンなど、ポランスキーの映像センスは冴えまくっている。

3人の会話をカットバックで切り返すのではなく、極端な遠近をつけて同一フレームに3人をおさめることによって(人物の後ろ越しにカメラを配置し、その肩越しから残り2人が見える構図)、単調になりがちな会話劇を緊迫感のあるドラマに仕立て上げている手腕なんぞ、これが監督第一作とはにわかに信じられないぐらいだ。

『水の中のナイフ』は、当時共産党の独裁体制だったポーランドでは酷評されたものの、西側諸国では高い評価を得たらしい。何故か。

僕が思うに、本作には政治的なアレゴリーが隠蔽されているからだと推察する。ナイフは反体制(若さ)の表象。体制=権力の象徴的存在として登場するアンジェイは、ナイフをめぐって若者と激しい心理戦を繰り広げる。

ヨットはその保守的な体制を支える舞台装置なのであり、若者はその操作方法が全く分からず、体制側に敗北を喫してしまうことになる。『水の中のナイフ』は夫婦の倦怠を冷徹に見つめた映画ではなく、体制と反体制の衝突を鮮やかに示してみせた映画なのだ。

DATA
  • 原題/Noz w Wodzie
  • 製作年/1962年
  • 製作国/ポーランド
  • 上映時間/94分
STAFF
  • 監督/ロマン・ポランスキー
  • 脚本/イェジー・スコリモフスキー、ヤクブ・ゴールドベルク、ロマン・ポランスキー
  • 撮影/イェジー・リップマン
  • 音楽/クシシュトフ・コメダ
CAST
  • レオン・ニェムチック
  • ヨランタ・ウメッカ
  • ズィグムント・マラノウィッチ

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