【ネタバレ】『スカーフェイス』(1983)
映画考察・解説・レビュー
『スカーフェイス』(原題:Scarface/1983年)は、ブライアン・デ・パルマ監督、アル・パチーノ主演によるギャング映画の金字塔。公開当時は「FUCK」ワード206回や電動ノコギリ拷問など過激描写で酷評を浴びたが、現在ではヒップホップやストリートファッションに多大な影響を与えたカルチャー・アイコンとして語り継がれている。
リメイクから始まった数奇な企画!ルメット降板でデ・パルマが暴走
映画史に燦然と輝く(そして血にまみれた)『スカーフェイス』(1983年)の起点は、プロデューサーのマーティン・ブレグマンが深夜のテレビ放送で、ハワード・ホークス監督のギャング映画の古典『暗黒街の顔役』(1932年)をたまたま観たことに遡る。
この歴史的オリジナル版は、大富豪ハワード・ヒューズが製作総指揮を務め、アル・カポネをモデルとした主人公トニー・カモンテがシカゴの暗黒街を血と暴力で支配していく姿を描いたもの。
当時としては異例のバイオレンス描写が大きな論争を呼び、全米各地で上映禁止や再編集を求められる事態に発展。「The Shame of a Nation(国の恥)」というお堅い副題をつけて、ようやく公開にこぎつけたという曰く付きの作品である。
しかし、トンプソン・マシンガンを乱射するその強烈なイメージは、ギャング映画の新たなスタンダードを確立した(ちなみに、主人公トニーが妹に異常な執着を見せるというドロドロの近親相姦的設定は、この時点で既に完成しており、デ・パルマ版へとしっかり継承されている!)。
ブレグマンは、この血生臭い古典をアル・パチーノ主演でリメイクすることを決意。当初、監督には社会派の名匠シドニー・ルメットが選ばれ、彼は舞台をオリジナルの禁酒法時代のシカゴから、マイアミを舞台にした現代のコカイン社会への変更を提案する。
だが、自身も重度のコカイン中毒から立ち直ったばかりのオリバー・ストーンが脚本家として参画したことで、物語のボルテージは一気に異常な方向へと振り切れていく。
ストーンが書き上げた過激で血みどろの脚本にルメットが難色を示して、降板。結果として、サスペンスと暴力の魔術師ブライアン・デ・パルマが監督の座に就くことに。かくして、映画史に残る最凶の悪逆無道ムービー『スカーフェイス』が産声を上げた。
「Fワード」とコカインの雪山
完成した映画が1983年に公開されるや否や、批評家たちからの評判はまさに最悪の一言。なにしろ本作では「FUCK」という放送禁止用語が台詞の大半を覆い尽くしており、その回数は実に200回超え(一説には226回)。約170分の上映時間で平均すると1分に1回以上のペースでFワードが飛び交うという、当時としてはギネス級の口の悪さだったのだ。
さらに、序盤の浴室におけるチェーンソーによる惨たらしい拷問シーンは、悪趣味の極みと叩かれ、観客と批評家を完全にドン引きさせた(僕も初見時はドン引きしました)。
だが、問題視されたのは暴力だけではない。机いっぱいに積もった雪山のようなコカインに顔を突っ込んでラリまくるトニーの狂態、妹ジーナに対する異常な執着、そして美しい愛人エルヴィラ(ミシェル・ファイファー)の顔に向かって「お前はヤクをやりすぎて子宮が腐ってるんだよ!」と罵倒する最悪のディナーシーン。どれもこれも、圧倒的に下品!
極めつけはクライマックスの銃撃戦だ。「Say hello to my little friend!(俺の小さなトモダチに挨拶しな!)」と絶叫しながら、グレネードランチャー付きのアサルトライフルをぶっ放すトニー・モンタナ。
血しぶきと肉体の破壊を過剰なまでに強調したこのシーンは、圧倒的なカタルシスを生み出すと同時に、批評家からは「下劣な悪趣味の見本市」と断じられた。ついにはデ・パルマ監督がゴールデンラズベリー賞の最低監督賞にノミネートされるという屈辱を味わうことになる。
だが、時が経つにつれて評価は完全に逆転する。かつて悪趣味と罵られたその過剰さこそが、80年代アメリカの狂った拡張主義と欲望を見事に象徴していると再評価され、今や『スカーフェイス』はギャング映画の絶対的スタンダードとして君臨しているのだ。
映画史の痛快な皮肉がここにある。
『ゴッドファーザー』との完璧なコントラスト
この映画を神話の域にまで押し上げたのは、間違いなくアル・パチーノの神がかった(あるいは悪魔に取り憑かれた)演技だ。妹ジーナに手を出した親友マニーを射殺する瞬間の、あの血走った眼差し。そして無数の銃弾を浴びながら、「貴様らのクソ弾なんか屁でもねえ!撃ってみろ!」と仁王立ちで絶叫するラストシーン。
その小柄な全身から噴き出すエネルギーは、もはや野獣の領域に達している。豪邸の庭でペットとして飼われている巨大なトラが彼の精神の象徴であり、トニー・モンタナはマフィアの冷徹なボスというよりも、剥き出しの欲望と破壊衝動に突き動かされる狂犬そのものなのだ。
ここで注目すべきは、彼が過去に演じた『ゴッドファーザー』(1972年)のマイケル・コルレオーネとの凄まじい落差。マイケルは徹底して寡黙で冷徹。怒りも野心もすべてを内側に押し殺し、氷のように冷たい視線だけで相手を支配する知的なドンだった。
それに対してトニー・モンタナは、感情を隠すことなど1ミリもしない。欲しいものは「The World is Yours(世界は俺のもの)」と叫んで力ずくで奪い、怒りも破滅もすべてを外に向かって撒き散らす。
低音で静かに囁く『ゴッドファーザー』のパチーノに対し、『スカーフェイス』のパチーノは常に怒鳴り散らし、唾を飛ばし、顔の筋肉をピクピクと震わせる。
まさに対極の演技スタイルであり、彼の俳優としての恐るべき振れ幅を証明している。マイケル・コルレオーネが「静の頂点」だとすれば、トニー・モンタナは間違いなく「動の極北」だ。
サブカルチャーを支配した最凶のアイコン
『スカーフェイス』は単なる映画の枠をブッ壊し、巨大な文化的現象となった。キューバ難民から腕っぷしひとつでマイアミの麻薬王にまで成り上がったトニーの姿は、ヒップホップやブラック・カルチャーにおいて最強のアンチ・ヒーローとして熱狂的に支持されることになる。
ラップ界の重鎮パフ・ダディ(ショーン・コムズ)が「俺はこの映画を63回は観た」と豪語した逸話はあまりにも有名。Jay-ZやNasをはじめとする数え切れないほどのラッパーたちが、自らのリリックでトニーの生き様や名台詞を引用し、彼のド派手な豪邸やライフスタイルをThugな成功の記号として模倣し続けた。
その影響はストリート・ファッションにも波及する。血に染まった白いスーツや葉巻、そしてトニーの顔がプリントされたTシャツ。シュプリームなどの大物ストリートブランドがこぞって「Scarface」デザインのコラボアイテムを発表し、トニー・モンタナは映画のキャラクターという枠を超え、ポップアートのアイコンへと変貌を遂げたのだ。
さらに映像文化への影響も絶大。大ヒットゲーム『GTA: Vice City』(2002年)の世界観は完全に本作を下敷きにしているし、伝説のテレビドラマ『ブレイキング・バッド』の最終回で主人公ウォルター・ホワイトが見せる銃乱射シーンも、『スカーフェイス』のクライマックスへの明白すぎるオマージュである。
ジョルジオ・モロダーによる不穏でチープなシンセ・サウンドと、ミシェル・ファイファーの虚ろでコカイン漬けの美しさ。80年代の享楽と虚無を完璧にパッケージングした『スカーフェイス』は、映画の歴史のみならず、ストリートの神話として今なお生き続けている。
- 監督/ブライアン・デ・パルマ
- 脚本/オリバー・ストーン
- 製作/マーティン・ブレグマン
- 撮影/ジョン・A・アロンゾ
- 音楽/ジョルジオ・モロダー
- 編集/ジェラルド・B・グリーンバーグ、デイヴィッド・レイ
- 美術/エドワード・リチャードソン
- 衣装/パトリシア・ノリス
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