リスナーの快感中枢を刺激し、恍惚へと誘う、かすかな“揺らぎ”
僕はかつて「わかりやすくて気持ちいい? 前衛音楽を聴こう」という拙文を某サイトに掲載させていただいたことがあるんだが、想像するに何よりもまず「前衛」という言葉が、一般的なオーディエンスが拒否反応をおこす原因になっているんではなかろうか。
だって「前衛」だよ。コムズカシイ感じがプンプンじゃんか。しかし、前衛音楽は何よりもまず聴いていて気持ちがいいし、気分が高揚させられるのだ。
スティーブ・ライヒによる一連のミニマル・ミュージック作品はその際たるものだろう。静的な和声進行、安定した拍子感、そして何よりも永遠に続くかのようなループ感(反復)を基本とするミニマル・ミュージックは、トランス的な陶酔感がハンパなし。
スティーブ・ライヒはフィリップ・グラスと並んでミニマル・ミュージックの始祖と称えられている存在だが、特に1988年8月31日~9月9日にサンフランシスコで録音された『Different Trains』、1987年9月26日~10月1日にニューヨークで録音された『Electric Counterpoint』の2作品をコンパイルしたアルバム『Different Trains / Electric Counterpoint』(1988年)は、ビギナーの入門編としてオススメ、かつお買い得な一枚だ。
『Different Trains』は、戦前のアメリカ、戦時中のヨーロッパ、そして戦後という時代の変遷を三部構成で描いている。汽車がモチーフになっているのは、離婚した両親の家を往復するために、汽車に乗ってアメリカ大陸を横断した体験を持つライヒ自身の記憶に基づいているからだ。
クロノス・カルテットによる四重奏に乗せて、汽笛の音、サンプリングされた様々な人間(列車旅行につきそった家庭教師、列車のポーター、ナチスによる大虐殺から生き残ったユダヤ人など)の「言葉」が、反復と変化を繰り返しながらインサートされ、ドラマティックに綴られていく。
『Electric Counterpoint』は、あらかじめ録音された10本のエレキギターと2本のベースの音をバックに、矢野顕子との共演でも知られるジャズギタリストのパット・メセニーがリアルタイムに演奏していく、というトンデモな作品(要はスタジオ録音にライヴ録音を重ねている訳だ!)。
単調なコード進行のなかに発生するかすかな“揺らぎ”がリスナーの快感中枢を刺激し、恍惚へと誘う。
音楽における「気持ちよさ」とは、言ってしまえば緊張状態が解けて緩和する瞬間にある訳だが、常に緊張状態を強いられる『Different Trains』から、一気に『Electric Counterpoint』で解放されるという構成は、異なる作品を無理矢理に折衷したアルバムながら、意外にも見事な展開をみせている。
この「気持ちよさ」は、他のアルバムでは代替不可能なものだ。
- アーティスト/Steve Reich
- 発売年/1988年
- レーベル/Nonesuch
- Different Trains (America- Before the War)
- Different Trains (Europe- During the War)
- Different Trains (After the War)
- Electric Counterpoint (Fast)
- Electric Counterpoint (Slow)
- Electric Counterpoint (Fast)
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