『Dubnobasswithmyheadman』──夜明け以後のビートはどこへ向かったか
『Dubnobasswithmyheadman』(1994年)は、アンダーワールド(Underworld)がレイヴムーブメント終息直後に発表したフルアルバム。英国を中心に広がったダンスカルチャーの熱気が商業化と制度化の波にのみ込まれ、祝祭的な高揚が急速に失われていく時期に、彼らはビートと音響処理を組み合わせた長尺の反復構造を導入した。ヴォーカルは旋律ではなく素材として扱われ、電子的残響とリズムが同列に配置されることで、踊ることと聴き込むことが同時に成立する新しい鑑賞態度が形成される。短期的な昂揚に依存せず、反復によって持続する状態を生む構造が提示され、クラブ空間と個人のリスニング環境をつなぐ転機となった。
狂騒の終焉と持続の模索──“陶酔”を再定義するアルバム
1980年代末から90年代初頭にかけて、英国を中心に爆発したセカンド・サマー・オブ・ラヴは、レイヴによる集団的陶酔と、その場限りの祝祭的高揚を神話化したムーブメントだった。
その熱はやがて制度化と商業化の波に呑まれ、狂騒の残滓だけを残して急速に温度を失っていく。アンダーワールド(Underworld)が『Dubnobasswithmyheadman』(1994年)を放ったのは、その終焉の直後。彼らが選んだ方法は「陶酔の延命」ではなく、「陶酔の構造そのものを作り替える」ことだった。
本作はタイトルからして象徴的。dub(音響処理を前提とした実験性)とbass(肉体的駆動力)、そしてwith my headman(共鳴する仲間)を結合することで、反復・協働・音響加工という三位一体の設計思想を宣言。
レイヴの熱狂を受け継ぎながら、その即効性を一度解体し、音響的持続に変換する構造。そこで提示されるものは「クラブで踊りながら、同時に内省へ沈み込む」という二重の聴取態度である。
冒頭を飾る「Rez」は、その設計思想を最も純度高く提示するトラックだ。メロディと呼べる要素はほぼなく、シーケンスと残響レイヤーが時間軸に沿って微細に変化し続ける。
ビートは規則的なのに、体感時間は伸縮する。これは麻薬的快楽ではなく、自己と音響が接続される持続的トランスの構造であり、クラブ的な即時反応とホームリスニング的陶酔を同時に成立させている。
断片化する声と空白のリズム──音響を“聴かせる”プロダクション
「Mmm…Skyscraper I Love You」は、ヴォーカルを旋律として扱うのではなく、音響処理された素材=マテリアルとして配置する構造が際立っている。
カール・ハイドの声はグラニュラー加工によって粒子状に分解され、シンセやギターと同列のテクスチャーとしてミックスされる。その存在は人間的な言語主体ではなく、リズムの構成要素として漂う電子的残響である。
ここで鍵になるのが「余白」だ。アンダーワールドのトラックは詰め込まれているように聴こえるが、実際には意識的に空隙が確保されている。そのため、音の密度が高まる局面と、ふっと呼吸が生まれる瞬間の落差が、聴取体験の中でダイナミックに作用する。
トラックの厚みは単なる音数の問題ではなく、レイヤーの伸縮によって成立しているのである。M-6「Dirty Epic」では、ギターのループとベースが空間を拡張する軸として配置される。ミュート処理された残響がリズムと干渉し、ビートは常に前進を続けながら、聴取空間を多層化する。
重要なのは、ダンス・ミュージック的グルーヴが保持されつつ「外部へ向けて解放される音楽」から、「内面へ沈み込む音響体験」へと再編されている点だ。
これは90年代電子音楽の基底を支える「反復と内省」というパラダイムの可視化でもある。ハイドの声はここでも主体性を放棄し、個人を導くナラティブではなく、電子的呼吸として漂い続ける。
“持続可能な陶酔”としての音楽──レイヴ以後の電子音楽史的位置づけ
イントロの「Everything、Everything…」ループが異様な吸引力を持つ「Cowgirl」は、本作の美学的結論を象徴するトラック。反復するベースラインにギターとサンプルが絡み、加工音声が環境音のように溶け込む。
その構造は「陶酔を生み出す」のではなく「陶酔状態を持続させる」ための循環系である。これはレイヴ文化が依存していた短期的高揚とは対極の概念だ。
クラブ文化において即効性の快楽は、多くの場合「燃焼と消失」を前提にしていた。しかし『Dubnobasswithmyheadman』は、ビートを持続させることで陶酔を反復可能な状態へ変換する。それにより、クラブという空間に閉じた共同体的熱狂から、個人のリスニング空間へと陶酔を移植することに成功している。
これこそが電子音楽の歴史的転換点であり、本作が現在でも参照され続ける理由だ。ここでの陶酔は外部に向かう祝祭ではなく、自己の内側に滞留する持続的振動なのである。
90年代初頭のダンスミュージックは、「速やかに消費される音楽」か「観賞用の知的電子音楽」かという二項対立に陥りがちだった。アンダーワールドはその分断を超え、両者を接続する“第三のリスニング態度”を提示した。
反復のグルーヴを維持しながら、構造を分析的に聴かせる音響設計。その結果として生まれたのが、レイヴ以後の電子音楽における“持続可能な陶酔”である。
本作を象徴するのは、騒乱の終焉を拒絶しながら、あらゆる熱狂の残響を内面へ沈めていくビートの遷移だ。刹那的快楽の燃え滓ではなく、持続する渦としての電子音響。
だからこそ、本作は1994年という歴史的タイムスタンプに縛られず、今なお鮮烈に再生される。
- アーティスト/アンダーワールド
- 発売年/1994年
- レーベル/Junior Boy’s Own
- Dark And Long
- Mmm Skyscraper I Love You
- Surfboy
- Spoonman
- Tongue
- Dirty Epic
- Cowgirl
- River Of Bass
- M.E.
