『海外特派員』(1940年/アルフレッド・ヒッチコック)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『海外特派員』(原題:Foreign Correspondent/1940年)は、アルフレッド・ヒッチコック監督による巻き込まれ型サスペンス。1939年、開戦前夜のロンドン、アムステルダム、そして大西洋上を舞台に、政治に疎いアメリカ人事件記者ジョニー・ジョーンズ(ジョエル・マクリー)が、秘密協定の鍵を握るオランダの外交官ヴァン・メーア(アルベルト・バッサーマン)の拉致事件に遭遇し、国際スパイ組織の陰謀を暴いていく。劇中では、雨傘がひしめく中で敢行される暗殺シーンの視覚的リズムや、帆の逆回転がスパイへの信号となる風車のシークエンス、そして当時最高峰のリアリティを追求した飛行機の海上墜落シーンなど、ヒッチコック特有の映画的技巧が横溢する。
- 1940年ナショナル・ボード・オブ・レビュー:作品賞トップ10、演技賞
匿名性が生む暴力の構図
イギリスで名声を確立したアルフレッド・ヒッチコックは、大物プロデューサーであるデヴィッド・O・セルズニックに招かれ、意気揚々とハリウッドへと渡った。
記念すべきアメリカ進出第一作『レベッカ』(1940年)は、みごとアカデミー作品賞を受賞。ゴシック・ロマンとして高い完成度を誇ったものの、プロデューサーの強い干渉もあり、正直ヒッチコック本来の作家性は影を潜めていた。
彼が最も得意とするのは、巻き込まれ型サスペンスの躍動感であり、張り詰めた緊張感を自在に操る演出術。だがこの映画において、そのヒッチコック・タッチはいささか抑制されていたのである。
その窮屈な違和感を払拭するかのように、彼が進出第二作として放ったのが、スパイ・サスペンスの大作『海外特派員』(1940年)だ。第二次世界大戦前夜のヨーロッパを舞台に、血気盛んなアメリカ人新聞記者が巨大な国際的陰謀に巻き込まれていく物語。ヒッチコックは、アメリカ映画特有の圧倒的なスピードとスケールを、見事に自身の血肉としてみせた。
視覚的な凄みを最も象徴しているのが、アムステルダムの広場で展開される、雨中の暗殺シークエンスだろう。画面を埋め尽くす無数の黒い雨傘が人々の顔や輪郭を意図的に奪い、不気味なほどの匿名性を強調している。
暗殺者はカメラのフラッシュに偽装した銃で標的を撃ち抜くと、自らも黒い傘をさし、群衆の海へと紛れ込んでいく。彼はただ逃避するのではなく、個人の存在そのものを雨の風景の中に溶け込ませてしまうのだ。
ヒッチコックが提示したこの「群衆の匿名性」という視覚的アイデアは、時代を超えて受け継がれる表現のテンプレとなった。後年、スティーヴン・スピルバーグが『マイノリティ・リポート』(2002年)において、上空からの俯瞰ショットと傘の群れを用いてこの構図をオマージュしたことからも、その影響力の強さがうかがえる。
雨の中の暗殺劇は、単なる物語の幕開けにとどまらず、作品全体を覆う不穏な空気、ひいては目前に迫る世界大戦に対する人々の得体の知れない不安を、スクリーン上に見事に可視化しているのである。
速度と空間が生むアメリカ的ダイナミズム
『海外特派員』が、イギリス時代の『三十九夜』や『バルカン超特急』などの作品と決定的に異なっているのは、その異常なまでのテンポの速さと運動量だ。
主人公が危機に陥っても、どこかユーモアとティータイムのような余白を残していた英国作品に比べ、この映画では息をつく間もなく状況が次々と反転し、ジェットコースターのように観客を引きずり回していく。
とりわけ素晴らしいのが、風車に閉じ込められた老政治家ヴァン・メアを発見する、中盤のシークエンスだ。オランダの、のどかで美しい静かな田園風景。しかし、風車の羽が逆回転しているという視覚的な違和感を皮切りに、一転して逃げ場のない密室の罠へと変貌していく。
この空間の使い方の天才的な転換!そして、やがて物語は、洋上でのドイツ軍艦による容赦ない攻撃と、主人公たちが乗った旅客機の海面への墜落という、当時としては破格の大規模なクライマックスへと猛スピードで突き進んでいく。
この連続する見せ場は、ヒッチコック自身が「1本の映画には多すぎるほどのアイディアを詰め込んだ」と語った言葉を裏切らない、まさにサービス精神の塊だ。
だが、それ以上に重要なのは、彼がハリウッドならではの潤沢な予算と巨大なセットによる空間的スケールを、すでに完全に我が物として自在に操っていた点にある。
巨大な水槽セットに、実際に飛行機の機体を突っ込ませて撮影された墜落シーンの生々しさは、現代のCGに慣れた我々の目から見ても驚異的な迫力。
カメラは人物の恐怖の表情と、世界情勢の危機というマクロなパースペクティブを同じ画面の中で力技で結びつけ、個人の恐怖と国際的緊張を完全に一体化させていくのだ。
ヒッチコックは当初、主人公のジョーンズ役に大スターのゲーリー・クーパーを起用しようとしたらしい。しかしクーパーは「単なるスリラーには出ない」と断った。
しかし完成した映画を見たクーパーは、後年「あのオファーを断ったのは自分のキャリア最大のミスだった」と後悔したという。当時のアメリカにおける「サスペンス映画=B級映画」という偏見を、ヒッチコックはこの一本で粉砕してみせたのだ。
『海外特派員』はジャンル映画の枠組みの中で、戦争という現実の恐怖を、圧倒的な運動と緊張として描き切ったA級ブロックバスターなのである。
超越的な視座と映画の完成
ヒッチコック作品においては、物語の中心で右往左往する主人公たちよりも、なぜか物語の周縁にいる人物が強烈な印象を残すことが多い。特にこの『海外特派員』に登場する、英語をまったく解さない謎のラトビア人紳士は、その代表的な存在だろう。
彼は事件に直接関わることは一切ない。言葉が通じないため、主人公たちがどれほど切羽詰まった陰謀の議論を戦わせていても、ただニコニコと見守り続けるだけ。しかしその視線はまるで、物語の行方をあらかじめすべて知っているかのような、どこか超越的な響きを持っている。
言語を共有できない彼は、ヨーロッパを覆い尽くそうとしている国家間の血生臭い対立や、ナチスの思想的なファナティズムから完全に距離を置いた存在である。
彼のニコニコとした沈黙は、狂気へと突き進み混乱する世界を、少し高い場所(あるいはメタ的な次元)から眺める神の視点、あるいは映画監督(ヒッチコック自身)の視点を象徴しているのだろう。
彼は悪を裁きもせず、主人公を救済もしない。ただひたすらに「見つめ続ける存在」として配置されることで、この世界が必ずしも人間の矮小な理性や正義だけによって制御されているわけではないことを、極めて静かに、そして映画的に示している。
結果として『海外特派員』は、アカデミー作品賞を受賞した『レベッカ』以上に、アルフレッド・ヒッチコックがハリウッドの水を得た作品となった。
冒険活劇という極上のエンターテインメントの体裁をまといながら、その内部では「暴力の匿名性」「空間と速度の支配」、そして「超越的な神の視線」が緻密な計算のもとに組み合わされている。
のちの『北北西に進路を取れ』などに直結していく、ヒッチコックの輝かしいフィルモグラフィの思想的基盤が、ここには刻まれているのだ。
参考文献・出典
- 監督/アルフレッド・ヒッチコック
- 脚本/チャールズ・ベネット、ジョーン・ハリソン
- 製作/ウォルター・ウェンジャー
- 撮影/ルドルフ・マテ
- 音楽/アルフレッド・ニューマン
- 編集/ドロシー・スペンサー
- 美術/アレクサンダー・ゴリツェン
- 衣装/I・マグニン
- 三十九夜(1935年/イギリス)
- バルカン超特急(1938年/イギリス)
- レベッカ(1940年/アメリカ)
- 海外特派員(1940年/アメリカ)
- 逃走迷路(1942年/アメリカ)
- 汚名(1946年/アメリカ)
- ロープ(1948年/アメリカ)
- ダイヤルMを廻せ!(1954年/アメリカ)
- 裏窓(1954年/アメリカ)
- ハリーの災難(1955年/アメリカ)
- 知りすぎていた男(1956年/アメリカ)
- めまい(1958年/アメリカ)
- 北北西に進路を取れ(1959年/アメリカ)
- サイコ(1960年/アメリカ)
- 鳥(1963年/アメリカ)
- 引き裂かれたカーテン(1966年/アメリカ)
- フレンジー(1971年/イギリス)
- ファミリー・プロット(1976年/アメリカ)
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