大プロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックに呼ばれて、イギリスからはるばるハリウッドにやってきたヒッチコック。ジョーン・フォンティーン主演で『レベッカ』(1940年)を撮ったものの、イギリス南西部地方のコンウォールを舞台にしたゴシック・ロマンな作風は、決して彼の本意とするものではなかった。
しかしハリウッド進出第二弾となる『海外特派員』(1940年)は、いかにもアメリカ映画的なダイナミズムを備えた、ヒッチお得意の巻き込まれ型サスペンスである。
ヒッチコックは主役にゲーリー・クーパーをアテたかったが、アメリカではスリラーやサスペンスは二流扱いされていたこともあって、すげなく断られてしまったという哀しいエピソードがあるものの、その完成度は極めて高し。
第二次世界大戦が勃発する直前のヨーロッパを舞台に、正義感溢れる海外特派員が波瀾万丈の冒険を繰り広げる物語は、観る者を問答無用にスクリーンへと引き込んでいく。
とにかくこの映画、見せ場が多い。ヒッチコック自身も「この映画にはかなりいいアイディアを詰め込んであるだろう?」と自信たっぷりなコメントを残している。
アムステルダムでの雨のなかの殺人、風車に閉じ込められた老政治家、ドイツ軍艦の攻撃を受けて海中に突っ込む旅客機と、映画史に残るような名シーンが目白押し。
特に序盤の雨のなかの殺人は、無数に並ぶ雨傘が強烈な印象を残す名シーンといえるだろう。後年スピルバーグが、『マイノリティ・リポート』(2002年)で、このシーンをオマージュしていることでもお馴染みだ。
雨傘という匿名性のなかに、犯人が紛れ込むことによって己の存在をも消してしまうという、映画記号的にも秀逸なイメージだ。
主人公が危機的状況に追い込まれても、どこかゆったりとした雰囲気があったイギリス時代の諸作に比べて、目まぐるしくシチュエーションが変化するスピーディーな展開はまさしくアメリカ的。
ヒッチコックのハリウッドでの成功は、アカデミー作品賞を受賞した『レベッカ』ではなく、むしろB級の香り漂う冒険活劇『海外特派員』によって決定づけられたのではなかろうか。
《補足》
ヒッチコック作品では、いつも脇の登場人物が印象的だが、本作では英語を全く解さない謎のラトビア人紳士が実にいい感じ。愛嬌のある顔で温かく主人公たちを見つめる彼は、おそらくジョエル・マックリーとラレイン・デイが結ばれることを本能的に察知している。
彼こそが、映画『海外特派員』における神の役割を果たしているのだ。
- 原題/Foreign Correspondent
- 製作年/1940年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/120分
- 監督/アルフレッド・ヒッチコック
- 製作/ウォルター・ウェンジャー
- 脚本/チャールズ・ベネット、ジョーン・ハリソン
- 撮影/ルドルフ・マテ
- 美術/アレクサンダー・ゴリツェン
- 音楽/アルフレッド・ニューマン
- 衣装/I・マグニン
- ジョエル・マックリー
- ラレイン・デイ
- ハーバート・マーシャル
- ジョージ・サンダース
- アルバート・バッサーマン
- ロバート・ベンチュリー
- エドマンド・グウェン
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