粘着質な今村昌平タッチを抑制した、日だまりのような人情喜劇
今村昌平の後期代表作にして、第50回カンヌ国際映画祭のパルム・ドール受賞作、『うなぎ』(1997年)。
しかし前評判は決して高くなく、関係者もこの作品がパルム・ドールを獲るとは全く予期していなかったそうな。今村昌平にいたっては、結果発表を前に帰国してしまう始末。まさにこの映画、現場カンヌでの評価が「うなぎ上り」だっのであります。
この作品を観てまず思ったのが、アキ・カウリスマキの『過去のない男』(2002年)にアウトラインが似ているなーということ。もちろん、『うなぎ』の方が公開は先なんだけれども。
どちらも過去と訣別した男が主人公であり、異郷の共同体にコミットメントする物語であり、家族の存在が極めて希薄。特に“家族の不在”は、今作の主題に大きく関わっているファクターだろう。
妻の浮気を目撃して殺人を犯した山下(役所広司)は、その8年後に仮出所を果たすが、その保証人になる人物は彼の小学校の先生である。
惨殺された妻以外、彼の家族はいっさい物語に登場してこない。それはつまり、山下が家族を形成できない男=己のDNAを散布できない男としてのキャラクタライズに起因するものだ。
そう考えると、彼が唯一心を許している「うなぎ」が、何のメタファーであることは一目瞭然。「お前のセックスは幼稚園児並だー!!」と罵倒される男の、男性性の象徴して、この粘膜質の物体は登場する。
幼稚なセックスで妻を満足させられなかった男は、桂子(清水美砂)からの求愛を頑として受け入れず、ほとんど去勢された状態で、今後の人生を歩もうとするのだ。
しかし最終的に彼は、堂島(田口トモロヲ)の子供を宿した桂子と一緒になる決意を固める。去勢した男が、セックスを介在させずに家族を作る権利を得たのだ。
「俺もようやくお前と同じになった。どこの誰だか分からん男の子供を育てるんだ」という彼のセリフは、それだけ万感の思いを込めて語られる。生きとし生けるもの、次代を生きる種子を撒くべし。動物的本能に従った男の顔は、実に晴れやかだ。
粘着質な今村タッチはそこかしこに感じられるとはいえ、『うなぎ』は日だまりのような人情喜劇である。理髪店で殺傷騒ぎを起こすシークエンスなんぞ、ほとんど古き良き時代のドタバタ劇。
おそらくその理由は、この映画に真の悪人が存在していないからだろう。舞台となる千葉県佐倉市には、いい奴と変わっている奴しかいない。
今村昌平にとっての理想郷=ユートピアがここにある。
- 製作年/1997年
- 製作国/日本
- 上映時間/117分
- 監督/今村昌平
- 製作/奥山和由
- プロデューサー/飯野久
- 企画/須崎一夫、成澤章、中川好久
- 原作/吉村昭
- 脚色/冨川元文、天願大介、今村昌平
- 撮影/小松原茂
- 美術/稲垣尚夫
- 編集/岡安肇
- 音楽/池辺晋一郎
- 役所広司
- 清水美砂
- 柄本明
- 田口トモロヲ
- 常田富士男
- 倍賞美津子
- 市原悦子
- 佐藤允
- 哀川翔
- 河原さぶ
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