ジャンヌ・モローの眼差しは、突き刺さるように痛い。
あの視線に貫かれたら、まるでメデューサのごとく、世の男子は一瞬のうちに石のように固まってしまうだろう。
なにせ、結婚式前夜に婚約指輪をセーヌ川に投げ捨てて、女優になるために単身夜行列車に飛び乗ったという、破天荒エピソードを持つ彼女である。その強靭な意思はスクリーンを突き破らんばかりに、ビンビンに伝わってくる。
『突然炎のごとく』以来、6年ぶりにトリュフォーとタッグを組んだ『黒衣の花嫁』は、結婚式当日に愛する伴侶を不慮のライフル事故によって失った女性が、事件に関与したグループ全員を葬り去らんと復讐を遂げて行くサスペンス映画。
ジャンヌ・モローの毒牙にかかった者は、いずれも彼女にゾッコンになるという設定なのだが、正直口元の小皺や身体のたるみが気になる40歳を迎えて、オンナとしての盛りはとうの昔に過ぎている感は拭えず。
だが、トウを過ぎた年齢ながら彼女の突き刺さるような視線はますます磨きがかかり、妖婦めいた魅力も拍車がかかっている。
ナチュラル・ボーン・エロ親父のトリュフォーは、この映画でも相も変わらずモローの足を執拗にアップにしたり、弓を引くギリシャの女神のような、露出度高めのカッコウをさせたりしているんだが、そんなセクハラにも負けず堂々と芝居を全うしている彼女に、女優魂をみる思いなり。
トリュフォーといえば、ヒッチコックに私淑している映画監督として有名だが、特にその影響を感じるのは、ミシェル・ブーケ演じる市の銀行員コラルが、ピアノとバイオリンのコンサートに出かけて行って、その隣席にジャンヌ・モローが座るシーンである(この設定ってちょっとヒッチコックの『暗殺者の家』に似てますな)。
クローズアップの切り返しだけで登場人物のエモーションを観客に伝達させるこの手法は、例えば『裏窓』(1954年)でも使われたテクニックだが、この『黒衣の花嫁』でもミシェル・ブーケの微妙な表情の変化によって、彼がジャンヌ・モローに好意をもったことが直裁に描かれる。
惜しむらくは、カラー映画にしてしまったことでノワール感がまったく感じられなくなってしまったことか。
もしこの映画がモノクロであったらならば、ジャンヌ・モローのフォトジェニックな容姿も手伝って、よりソリッドなミステリー映画に仕上がっていたことだろうに(実際にトリュフォーもこの作品が失敗作であることを認めている)。
『グロリア』がジーナ・ローランズの映画であるように、または『ひまわり』がソフィア・ローレンの映画であるように、結局のところ『黒衣の花嫁』は、ジャンヌ・モローという女優を得て成立している映画である。
ワタシは、こんなシリアル・キラーと結婚する気は毛頭ございませんが。
- 原題/La Mariee Etait en Noir
- 製作年/1968年
- 製作国/フランス、イタリア
- 上映時間/107分
- 監督/フランソワ・トリュフォー
- 製作/オスカー・リュウェンスティン
- 原作/コーネル・ウーリッチ
- 脚本/フランソワ・トリュフォー、ジャン・ルイ・リシャール
- 撮影/ラウール・クタール
- 音楽/ベルナール・エルマン
- 衣装/ピエール・カルダン
- ジャンヌ・モロー
- ジャン・クロード・ブリアリ
- ミシェル・ブーケ
- シャルル・デネール
- クロード・リッシュ
- ダニエル・ブーランジェ
- ミシェル・ロンダール
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