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Finally We Are No One/Mum ムーム

氷原に灯る小さな焚き火

音楽の宝庫アイスランド

アイスランドなんぞ、左遷させられて行くような国だと思っていたが、とんでもない。グリーンランドの南東に浮かぶ人口37万ほどのこの小国は、幻想的なサウンドをクリエイトするアーティストを多数輩出している「音楽の宝庫」なのだ。

ビョーク、シガー・ロス、ヨハン・ヨハンソン──その名前を挙げるだけで、僕たちはアイスランド音楽の特異な「空気」を思い浮かべることができる。地表の約10%が氷河に覆われ、火山活動が活発なこの大地は、自然そのものが荘厳で、孤高で、どこか人間存在を嘲笑うかのような無慈悲さを孕んでいる。

そうした土地柄を彷彿とさせる彼らの音楽は、常にスケールが大きく、まるで「世界には自分たちしか存在しない」と思わせるような屹立した響きを持っているのだ。

しかし、そんなアイスランド音楽の系譜のなかで、異彩を放つ存在がいる。レイキャビク出身の4人組ユニット、ムーム(Múm)である。

氷原に差し込む「人肌の温もり」

ムームが奏でる音楽をひとことで表すなら、それはハート・ウォーミングなフォークトロニカだ。ビョークの声が氷の結晶のように鋭く光を放ち、シガー・ロスのサウンドが極北のオーロラのように天を覆うとすれば、ムームはベッドサイドの豆電球のように小さく温かい光を灯す。

ヴァイオリン、オルガン、チェロ、アコーディオンといった生楽器が、デジタルに刻まれるビートと優しく共振し、牧歌的ともいえる風景を呼び起こすのだ。それはまるで、子供の頃に夢中で読んでいた絵本の世界に再び迷い込むような体験である。

このグループは、オルヴァル・スマラソン、グンネル・ティーネス、そして双子姉妹のギーザ・アンナとクリスティン・アンナによって結成された。興味深いのは、彼らがもともと子供のための演劇を通じて出会ったという点だ。つまり、彼らの音楽には出発点からして「童心に根ざした表現」という要素が組み込まれていたのである。

双子姉妹については、インディ・ポップ好きにはお馴染みの逸話があるだろう。ベル&セバスチャンのアルバム『Fold Your Hands Child, You Walk Like a Peasant』(2000年)のジャケットを飾ったのが、ほかならぬギーザとクリスティンなのだ。

あの写真の中に漂うチャイルディッシュでノスタルジックな空気は、ムームの音楽的素養と完全に通じている。

わたしのなかの悪魔
『Fold Your Hands Child、You Walk Like a Peasant』(ベル・アンド・セバスチャン)

フォークトロニカの国際的文脈

2000年前後のインディ音楽シーンにおいて、フォークとエレクトロニカを融合させた「フォークトロニカ」という潮流が生まれた。Four TetやThe Notwistといったアーティストがその代表格だが、ムームの音楽もその系譜に属する。

だが彼らのサウンドは、単なるジャンル上の融合を超えている。なぜなら、その音楽の核にあるのは「アイスランドの風土」だからだ。

Four Tetのキエラン・ヘブデンが描き出すのは都市の生活感であり、The Notwistのドイツ的電子音は内省的なシリアスさを帯びる。一方、ムームのフォークトロニカは、氷原を吹き抜ける風の音や、波打ち際で遊ぶ子供の足音といった、自然と人間生活が一体となった音響的イメージをまとっている。これこそが、彼らが国際的に注目された理由でもあるだろう。

『Finally We Are No One』──眠りと目覚めの物語

筆者が特に愛聴しているのは、2ndアルバム『Finally We Are No One』(2002年)である。

このアルバムは、まるで夢の入り口から出口までを体験させるような構造を持っている。冒頭の「Sleep/Swim」が示すように、聴き手は半ば夢遊的な音像に導かれて眠りに落ち、アルバム全体を通して幻想的な物語世界を漂うのだ。

中盤のハイライトは、やはりM-7「Now There’s That Fear Again」だろう。ギーザとクリスティンがあどけない声で囁く瞬間、夜の帳が静かに舞い降り、燭台にオレンジ色の小さな炎が灯る。聴き手はベッドの上で毛布に包まれ、ホットココアを片手に絵本をめくるような心持ちになる。そのとき、現実の世界は遠く霞み、夢と覚醒の狭間で揺らぐ。

終盤の「The Land Between Solar Systems」は、アルバム全体を宇宙的なスケールへと開放する。子供の寝物語のように始まった旅は、最後には無限の広がりを持つ宇宙空間へと繋がる。まさに「眠りから目覚め、再び眠りに落ちる」という循環構造を体験させる一枚なのである。

聴取体験の処方箋

このアルバムを聴く最適な方法。それは、静かな夜にベッドの上で、ホットココアをすすりながら聴くこと。これが唯一無二の正しい処方だ。

外界のノイズから隔絶され、ただ自分と音楽だけの小宇宙に閉じこもる。そのとき、ムームの音楽は「孤高のアイスランド音楽」の中にあって、唯一「人肌の温もり」を伝える存在であることに気づくだろう。

アイスランド音楽はしばしば氷河や火山のメタファーで語られる。だがムームの音楽は、その荒涼とした大地に小さな焚き火を灯すようなものだ。そこには、人間の幼さ、無垢さ、そして温もりが宿っている。

『Finally We Are No One』は、聴く者を孤独な夜から救い上げる優しい音楽であると同時に、フォークトロニカというジャンルの到達点のひとつだ。

DATA
  • アーティスト/Mum
  • 発売年/2002年
  • レーベル/Fat Cat
PLAY LIST
  1. Sleep/Swim
  2. Green Grass Of Tunnel
  3. We Have A Map Of The Plane
  4. Don’t Be Afraid, You Have Just Got Your Eyes Closed
  5. Behind Two Hills.A Swimmingpool
  6. K/Half Noise
  7. Now There’s That Fear Again
  8. Farawat Swimmingpool
  9. I Can’t Feel My Hand Anymore, It’s Alright, Sleep Tight
  10. Finally We Are No One
  11. The Land Between Solar Systems

DISCOGRAPHY

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