『キック・アス』は、テン年代に産み落とされた良質のアメリカン・ヒーロー論であり、戦闘美少女が本格的にハリウッド進出を果たした作品であり、何よりも底抜けに楽しめるアクション・ムービーである。
なぜ、誰もヒーローになろうとしないのか?こんな単純な問いが、『キック・アス』を駆動させる推進力になっている。
見るからにイケてないモヤシ少年であるデイヴ君(アーロン・ジョンソン)が、自分でヒーローになろうと思い立ち、お手製のヒーロースーツを着こんで悪漢を退治せんと意気込むものの、スーパーマンやスパイダーマンのように特殊能力がある訳でもなく、返り討ちにされてアッサリ病院送りに。
大手術を経て回復したデイヴ少年は、体中に鉄板が埋めこまれ、抹消神経が麻痺したおかげで痛みを感じなくなるという“特殊能力”をゲット。
彼はスーパーヒーロー「キック・アス」として人気を博し、学校一の美少女のケイティともイイ感じに。やがて彼は街に巣食う犯罪組織と全面対決することになる…という展開は、サム・ライミの『スパイダーマン』的な青春素描だ。
しかしこの映画の真の主人公は、年端もいかない少女ながら、高度な殺人術のスキルを身につけたヒット・ガール(クロエ・グレース・モレッツ)である。父親のビッグ・ダディ(ニコラス・ケイジ)から、ありとあらゆる戦闘技能をたたきこまれた彼女は、いわば小山ゆうの漫画『あずみ』的キャラ。
Fワードを吐きながら悪漢をバッタバッタ倒していくサマは、世の戦闘美少女萌え男子を狂喜させた。イーゾ!もっと殺れ!もっと殺れ!もっと××(以下自粛)!!
『リボンの騎士』、『キューティーハニー』、『風の谷のナウシカ』(1984年)、『セーラームーン』などの例を挙げるまでもなく、そもそも“戦闘美少女”は日本独自のアイコンとして、アニメ、漫画、特撮モノで消費され続けてきた。
無垢な処女性と過激な戦闘性というアンビバレンツな共存を、日本という島国は許容してきたんである(このあたりの分析は、精神科医・斉藤環氏の『戦闘美少女の精神分析』に詳しい)。
一方、欧米は『ワンダーウーマン』、『キャットウーマン』、『トゥームレイダー』など、美少女ではなく、成熟したセクシュアリティーを装備した女性たちがスクリーンを飾ってきた。
もちろん、リュック・ベッソンの『レオン』でナタリー・ポートマンが演じた少女のような例外もあるが、ヒットガールのごとく、オタク市場で消費されるような存在ではなかった。
ヒットガールは、日本独自のアイコン“戦う美少女”が、ハリウッドでも遂に市民権を得るに至った、記念碑的キャラクターなんである。
『スパイダーマン』的青春物語と、小山ゆうの漫画『あずみ』的無垢+残虐性のクロスオーヴァー。『キック・アス』の成功はその一点にある。戦闘美少女というモチーフからして、日本でヒットするのは、極めて自明なマーケティング的帰結だったのだ。
- 原題/Kick-Ass
- 製作年/2010年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/117分
- 監督/マシュー・ヴォーン
- 製作: マシュー・ヴォーン、ブラッド・ピット、クリス・サイキエル、アダム・ボーリング、タルキン・パック、デヴィッド・リード
- 製作総指揮/ピエール・ラグランジェ、スティーヴン・マークス、マーク・ミラー、ジョン・S・ロミタ・Jr、ジェレミー・クライナー
- 原作/マーク・ミラー、ジョン・S・ロミタ・Jr
- 脚本/ジェーン・ゴールドマン、マシュー・ヴォーン
- 撮影/ベン・デイヴィス
- 衣装/サミー・シェルドン
- 編集/ジョン・ハリス、ピエトロ・スカリア、エディ・ハミルトン
- アーロン・ジョンソン
- クリストファー・ミンツ=プラッセ
- マーク・ストロング
- クロエ・グレース・モレッツ
- ニコラス・ケイジ
- ギャレット・M・ブラウン
- クラーク・デューク マーティ
- エヴァン・ピーターズ トッド
- デボラ・トゥイス
- リンジー・フォンセカ ケイティ
- ソフィー・ウー エリカ
- エリザベス・マクガヴァン
最近のコメント