爪に火をともすような極貧生活に耐えかねて、スリ稼業に身を落としていく男のドラマなのだが、まあとにかく、主人公のミシェルを演じるマルタン・ラサールがいい。
げっそりとこけた頬、栄養失調かと思うほど痩せぎすの身体、繊細そうな指。それはまるで、余分なものを一切削ぎ落とし、緊張感のあるタイトな演出を信条としてきた、ロベール・ブレッソン映画そのものを擬人化したかのようだ。
「非凡な人間が成す行為は、たとえそれが法に触れるものであっても許されるべきだ」という超人思想を語るミシェルは、一見ドストエフスキー『罪と罰』のラスコーリニコフに相通じるものがあるように見える。
しかしその発言もどこか虚勢を張っているようで、頭の中は人間不信と社会への不毛感でいっぱい。もともと極貧生活から抜け出すために始めたスリ家業だったが、いつしか己のプライドを誇示できる唯一無二のものとなり、その快感に酔いしれていく。
映画序盤でスリをする場面では、まだ技術が未熟なために「バレるかバレないか」というサスペンスが醸成されていたが、技術も上達して仲間も増えてくると、もはや“スリ・テクニックの博覧会”という趣きになり、鮮やかな指使いや見事な連携プレーに驚嘆しっぱなしになる(実際スリの演技指導を行ったのは、奇術師のカッサジだ)。
要はスリ行為が観客に与えるエモーションを、前半と後半とで方向転換させているのだ。さらにブレッソンは、フレームに2人以上の人物を配置しないように努め、ミシェルの孤独感を鮮やかに浮き上がらせてみせる。
最後に、ジャンヌを演じるマリカ・グリーンの名状しがたい艶かしさにも言及せねばならないだろう。いかにも北欧系のノーブルな顔立ちは、ジャストミート僕好み。どこか気怠そうでアンニュイな感じが辛抱たまりません。
どんな人かしらんと思っていろいろ調べていたら、『キングダム・オブ・ヘブン』(2005年)、『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)、『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(2007年)でお馴染みの女優エヴァ・グリーンの叔母に当たる人なんだとか。
ってうか、エヴァより全然イケてるでしょ。おまけに『エマニエル夫人』でシルビア・クリステルと濃厚に絡んでいるとの情報もゲット!
ヤバい、借りに行かなきゃ。
- 原題/Pickpocket
- 製作年/1960年
- 製作国/フランス
- 上映時間/76分
- 監督/ロベール・ブレッソン
- 製作/アニー・ドルフマン
- 脚本/ロベール・ブレッソン
- 撮影/レオンス・H・ビュレル
- 音楽/J・B・リュリ
- 美術/ピエール・シャルボニエ
- マルタン・ラサール
- マリカ・グリーン
- ピエール・レーマリ
- ペルグリ
- ピエール・エトー
- フィリップ・マーリー
- マム・スカル
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