観客を飽きさせないスピードと緻密なキャラ設定で、エンターテイメントであらんとする痛快作
黒澤明を私淑する映画人は多いが、愛弟子と呼べるのは『生きる』や『七人の侍』(1954年)などで助監督を務めた堀川弘通だろう。
彼は黒澤明が脚本を手がけた『あすなろ物語』で監督デビューを果たし、その後も『裸の大将』(1958年)、『黒い画集 あるサラリーマンの証言』(1960年)、『狙撃』(1968年)、『アラスカ物語』(1977年)といった作品を上梓。
実は彼には黒澤明脚本によるもう一つの“幻の監督作”が存在する。山本周五郎のユーモア時代小説を忠実にシナリオ化した『日日平安』がソレだ。
一食の銭を得るため切腹のマネをするという落ちぶれ浪人が、ひょんなことから藩内抗争に巻き込まれてしまい、機転を利かして拉致された城代家老を救出するという物語。
しかし黒澤が愛弟子のために書き上げたこのシナリオは、山本周五郎の原作をあまりにも忠実に再現したためか、アクション要素がすっかり削ぎ落とされてしまっていた。
血湧き肉踊るアクション時代劇を期待していた東宝側は難色を示し、結局企画自体が流れてしまうことに。やがて『用心棒』(1961年)の大ヒットで続編製作を依頼された黒澤が、日の目を見ずに眠っていた『日日平安』のシナリオを大幅に改変して、ミフネ三十郎の第二弾として作り上げたのが、この『椿三十郎』。
作品全体に漂うユーモラスな雰囲気は、山本周五郎的な人情劇のタッチが多分に染み付いているからだろう。黒澤明自身、この映画を
『用心棒』が冬の感じの狂想曲なら、『椿三十郎』はおおらかな春の感じの優雅な円舞曲です
と語っている(ちなみに黒澤は、『日日平安』の主人公に小林桂樹をイメージしていた。この作品で小林が演じるすっとぼけた侍のキャラ造形は、その名残と言える)。
ストーリーにおける必要な情報を、序盤の会話シーンで説明してしまうというのは黒澤お得意のパターンだが、『椿三十郎』でも、社殿で若侍たちが次席家老の汚職を正そうと話し合うシーン(わずか1~2分ナリ)で、大筋のプロットを観客に提示している。
しかしヒッチコックは「シナリオライターのいちばん大きな罪は、難しいシーンになるとすぐ役者に台詞を言わせてその難関を切り抜けようとすることにある」と語っており、冒頭からいきなり会話で状況を説明してしまおうとする本作が、映画的に優れたシナリオかどうかは微妙だ。
そもそも、赤の他人である若侍たちを三十郎が命を張ってまで加担する理由がよく分からない。とりあえず三船敏郎の豪放な演技によってねじ伏せられてしまうが、映画のシナリオ学校だったら確実にダメ出しされること必至。
三十郎はその昔城代家老に大変世話になった過去があるとか、たぶんそんな理由付けが付与されることだろう。
しかし、『椿三十郎』はそんな理由付けによってテンポが停滞してしまうことよりも、とにかく物語を小気味よく転がせることを選択する。
この映画は細部にまで計算が行き届いた傑作なのではなく、とにかく観客を飽きさせないスピードと、練り込まれたキャラクター・メイキングによって、エンターテイメントであらんとする痛快作なのだ。
- 製作年/1962年
- 製作国/日本
- 上映時間/96分
- 監督/黒澤明
- 製作/田中友幸、菊島隆三
- 原作/山本周五郎
- 脚本/菊島隆三、小国英雄、黒澤明
- 撮影/小泉福造、斎藤孝雄
- 美術/村木与四郎
- 音楽/佐藤勝
- 三船敏郎
- 仲代達矢
- 加山雄三
- 久保明
- 小林桂樹
- 入江たか子
- 団令子
- 志村喬
- 藤原釜足
- 清水将夫
- 伊藤雄之助
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