『Gloria』──ループと旅の記憶が重なる、家族史のサウンド・マップ
『Gloria』(2025年)は、実験作曲家ダスティン・ウォンが2024年1月に逝去した祖母グロリア・ヴァイオレット・リー・ウォンへの追悼として制作したアルバム。2023年に祖母とともに辿ったアメリカ西海岸のロードトリップの記憶を基盤に構成されている。楽曲は写真のスナップのように印象的な瞬間を切り取る形式で配置され、アルバム全体が家族史の断片を積み重ねる構造へと進んでいく。
亡き祖母への追悼と家族史の綴じ方
アメリカで生まれ、日本で育ち、大学進学のため再び渡米した実験作曲家、ダスティン・ウォン(Dustin Wong)。彼はギターとループマシン、そして多彩なエフェクターを駆使して、たった1本のギターから豊かな音のレイヤーを構築してきた。
即興的にフレーズを重ねながら、ポストロック、エクスペリメンタル、IDM、アンビエントといったジャンルを自在に横断する彼の音楽は、聴き手を独特の浮遊感と没入感へと誘う。嶺川貴子とのポップ・デュオ(Dustin Wong and Takako Minekawa)としての活動で注目を集めたが、ソロ作ではよりパーソナルで実験的なサウンドに身を浸すことができる。
ループというシンプルな手法を極限まで発展させた、ダスティン・ウォンの音楽。ギターから生まれる小さな断片を録音し、それを重ね合わせることで、複雑で立体的な音響が生み出される。
ライヴでは、その場で積み重ねられていく音の塔がまるで有機体のように呼吸し、膨張し、崩壊し、再び組み上がる。まさに“音の建築家”。あるいは“サウンド・マジシャン”と呼ぶにふさわしい存在だ。
そんなダスティン・ウォンの『Gloria』(2025年)は、これまで以上にパーソナルなアルバムだ。2024年1月24日、祖母グロリア・ヴァイオレット・リー・ウォンは96歳の誕生日を目前に、安らかにこの世を去った。本作はその祖母に捧げられた追悼アルバムであり、同時に家族史を音で綴る試みでもある。
収録曲には「Morning Roses」、「Undulating Coast」、「Memories of Cordelia」「Glass Beach」といったタイトルが並ぶ。これらは、2023年に祖母と共に辿った西海岸へのロードトリップの記憶そのものだ。
曲名自体が旅先での風景や出来事のタイトルであり、アルバム全体が記憶の地図。音楽は単なるサウンドスケープではなく、人生の時間軸をそのまま封じ込める装置なのである。
ギターとエフェクトが織りなすプリズムの音像
『Gloria』の大きな特徴は、ランニングタイムが短いこと。1分台の「Malcolm, Carey, Darrel, Andrea, Janice」や「Swimmers with the Pink Urn」、さらに1分に満たない「Gloria & Backman on the Phone」など、長尺志向のポストロックとは対照的な構成が目を引く。
これらのショート・トラックは、まるで写真のスナップショットや日記の走り書きのよう。ふとした瞬間に立ち上る記憶の断片を音として固定化したかのようだ。
長大な楽曲で物語を描くのではなく、切れ切れの断片を並べることによって、むしろ記憶の不確かさや断続性がリアルに体現されている。聴き手はそこに、自分自身の記憶のきらめきを重ね合わせていく。
アルバムを貫いているのは、微細で高密度なサウンド・レイヤーだ。シンセサイザーやディレイ、リヴァーブといったエフェクトによって加工されたギターの断片は、光を屈折させるプリズムのように空間を飛び交う。
旋律が近くに存在したかと思えば、急に遠のき、代わりに背景に潜んでいたノイズが前景に浮かび上がる。その聴覚的な遠近法の操作は、まるで記憶の断層をめくる体験そのもの。
特に印象的なのは「Gloria & Backman on the Phone」。祖母と祖父の会話を想起させるタイトルでありながら、その声は録音されることなく、有機的な電子音に変換されて蓄積されている。
ウォンは音を通して祖母を呼び起こし、リスナーに「存在しない声」を聴かせる。そこには不在を抱きしめるような切実さと、音楽による再生の力が同居している。
個人史から普遍的体験へ
追悼アルバムと聞けば、暗く沈んだ音像を想像するかもしれない。しかし『Gloria』には、哀しみと同じくらいの温もりと光が宿っている。
サーフ・ギターやハワイアン・スライドの音色は、エキゾ感が満載。ノスタルジックで柔らかな輝きを放っている。そこには人生を肯定する明るさと、祖母への愛情を包み込むような優しさが表れている。
アルバム全体を聴き通すと、失われた存在を悼む感情と同時に、共に過ごした時間を祝福する感覚が立ち上がってくる。喪失と希望が同時に鳴り響くのだ。まさに“電子音の弔辞”でありながら、“未来への祈り”でもある。
ダスティン・ウォンの過去作『Infinite Love』や『Mediation of Ecstatic Energy』が抽象的な音響実験に重点を置いていたのに対し、本作はきわめて具体的かつ個人的なテーマを扱ったアルバムだ。
だが、そのパーソナルな物語は、リスナーにとって普遍的な体験へと変換される。誰もが家族や記憶にまつわる喪失を抱えており、その共感の回路が『Gloria』を特別な作品にしている。
嶺川貴子との共作ではポップの文脈に寄り添いながらも実験的な感覚を失わなかったウォンだが、ソロにおいてはより純度の高い探求を続けている。本作はその延長線上にありながら、個人の記憶をも音楽に昇華させた。
『Gloria』は、亡き祖母への追悼を起点にしながら、音楽の持つ普遍的な力を証明する。電子音が弔辞として響くだけでなく、そこには祈り、ユーモア、やさしさ、そして人生への愛情が込められている。記憶が音によって立体的に浮かび上がるその体験は、聴き手に「音楽は人生そのものを記録する」という事実を改めて実感させるることだろう。
- アーティスト/ダスティン・ウォン
- 発売年/2025年
- レーベル/Hausu Mountain
- Morning Roses
- Undulating Coast
- Memories of Cordelia
- Glass Beach
- Seeing Aline for the Last Time
- Gloria & Backman on the Phone
- Malcolm, Carey, Darrel, Andrea, Janice
- Swimmers with the Pink Urn
- Bear Hotel, Grants Pass
- Archangel Michael and the Pacific
- Waves of MacKerricher
- Ascension
- Angels We Have Heard on High
- Angels We Have Heard on High (Second Propulsion)
