架空都市「風街」で展開される、日本語ロックの大いなる冒険
都電がのんびり街を鈍行していく時、窓の外に広がる風景は夏の匂いが広がっていた。
心地いい風を感じながら、僕はiPodを取り出す。決まってこんな時に聴く曲は、はっぴいえんどの『風街ろまん』(1971年)である。目を閉じて、あたたかなサウンドに身を浸していく。
はっぴいえんどは1969年、細野晴臣、松本隆、大瀧詠一、鈴木茂という旧エイプリル・フールのメンバーを中心に結成された(結成当初は、ばれんたいん・ぶるうというバンド名だった)。
8月にデビューアルバム『はっぴいえんど』(1970年)をリリース。このアルバムは、日本のミュージックシーンにおいて多大な影響を与える。
ウェストコースト系ロックに触発されたサウンドも画期的だったが、「英語によってこそ海外のマーケットで対抗できる」という通念を一蹴した、叙情的な日本語リリック。松本隆の編み出した「コトバ」は、日本語ロックの新しい可能性を押し広げた。
田舎の白い畦道で 埃っぽい風が立ち上る
地べたにペタンとしゃがみこみ
奴らがビー玉はじいてる
ギンギラギラの 太陽なんです
ギンギラギラの 夏なんです
(夏なんです)
松本隆の詩からは風景がみえる。個人的に好きな歌曲のひとつであるM-7『夏なんです』を聴くと、突き抜ける様な青空に蝉が声がせわしく響き渡り、麦わら帽子をかぶった子供たちが虫取り籠を持って森へ走っていく姿が浮かんでくる。
この、例えようのない“夏感”。DM7→CM7とメジャーセブンスが続く独特のコード進行、アコーステック・ギターによる優しいフィンガー・ピッキングが、ふわっとした、不思議な浮遊感を創り出している。
そして、M-3『風をあつめて』。
田舎の白い畦道で 埃っぽい風が立ち上る
街のはずれの
背のびした路次を 散歩してたら
汚点だらけの 靄ごしに
起きぬけの露面電車が
海を渡るのが 見えたんです
それで ぼくも
風をあつめて 風をあつめて 風をあつめて
蒼空を翔けたいんです 蒼空を
(風をあつめて)
ものすごい歌詞である。ものすごい世界である。かつてあった東京という現実の空間と、風街という仮想の空間が、まるで地続きで繋がっているかのような。単なるノスタルジーではない。ヴァーチャル・シティを舞台にした、ST的ニュアンスすら感じさせる。
そして、細野の卓越したコンポーズ能力。ボツにした『手紙』という曲を、自分が歌いやすいように低音域で作り直したという話は有名だが、それゆえに重心がどっしりとした、求心力のある作品に仕上がっている。
しかし彼等の音楽は早すぎた。はっぴいえんどは『さよならアメリカ さよならニッポン』で、アメリカ・ウェストコースト系サウンドと、日本語リリックへの別離宣言を表明する。
その叙情的な音楽スタイルは時を経て、小西康陽、曽我部恵一、スピッツ、オリジナル・ラヴ、くるりといった“はっぴいんど・チルドレン”によるトリビュート・アルバムで昇華された。
最近気が付いたんだが、木村拓哉主演で人気を博したドラマ『ラブ・ジェネレーション』(1997年)の主題歌に使われた大滝詠一の『幸せの結末』。これって、英語に訳すと「ハッピー・エンド」なんだよね。
ひょっとしたらこの曲って、新興はっぴいえんどフリークスに捧げられた最後のレクイエムなのかもしれない。
- アーティスト/はっぴいえんど
- 発売年/1971年
- レーベル/URCレコード
- 抱きしめたい
- 空いろのくれよん
- 風をあつめて
- 暗闇坂むささび変化
- はいからはくち
- はいから・びゅーちふる
- 夏なんです
- 花いちもんめ
- あしたてんきになあれ
- 颱風
- 春らんまん
- 愛餓を
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