『邪魔者は殺せ』(1947年/キャロル・リード)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『邪魔者は殺せ』(原題:Odd Man Out/1947年)は、後に『第三の男』を手掛けるイギリスの巨匠キャロル・リード監督が、ジェームズ・メイソンを主演に迎えたサスペンス・スリラー。北アイルランドのベルファストを舞台に、秘密組織の資金強奪に失敗して致命傷を負った男が、警察の包囲網と死の影に追われながら雪の降る夜の街を彷徨い歩く。極限状態に置かれた人間の心理と、圧倒的な陰影を持った美しい映像が奇跡の融合を果たしたフィルム・ノワール。
ベルファスト市民の究極の塩対応
『邪魔者は殺せ』(1947年)なんていう、任侠映画かB級アクション然とした物々しい邦題がついているが、原題の『Odd Man Out』は「仲間外れ」、あるいは「鬼は外」といったニュアンス。このタイトルのギャップからしてすでに面白い。
物語の舞台は北アイルランドの都市ベルファスト。非合法組織(おそらくIRA)のリーダー、ジョニー(ジェームズ・メイソン)は、活動資金調達のために紡績工場を襲撃した際、めまいを起こしてドジを踏み、左肩を撃たれてひとり街に取り残されてしまう。ここから午後4時から深夜12時までの8時間に及ぶ、究極のたらい回し劇が幕を開ける。
助けを求めて冬の街を彷徨うジョニーに対し、市井の人々はどこまでも冷酷だ。みんな内心では「あら可哀想に、立派な闘士なのに」と同情を寄せながらも、いざ自分の生活圏内に血まみれの男が転がり込んでくると、警察の捜査や面倒事を極端に恐れ、瀕死の彼を「鬼は外」とばかりにポイ捨てしていく。
警察に通報して小遣い稼ぎを企むセコい鳥売りやら、手当の対価として法外な要求を突きつける輩やら、自分のパブが営業停止になることだけを恐れて彼を裏口から放り出す店主やら、ベルファスト市民たちの見事なまでの塩対応の連続。第二次世界大戦中の連帯感が嘘のように消え去り、戦後の冷え切った個人主義が街を支配している空気が生々しい。
原作者であり共同脚本も務めたF・L・グリーンとキャロル・リード監督は、政治的プロパガンダやイデオロギーの是非を完全にすっ飛ばし、極限状態の人間の「自己保身あるある」をこれでもかと煮詰めた。
大義名分を掲げて血を流す男が、皮肉にも小市民たちの打算と欲望を浮き彫りにする踏み絵として機能してしまう、最高にブラックで実存的な群像劇なのだ。
斜めすぎる構図と「雪」のデトックス効果
本作の圧倒的な強度を支えているのは、監督キャロル・リードと撮影監督ロバート・クラスカーによる、緻密でド変態的な映像設計だ。
この二人は2年後、あの光と影のマスターピース『第三の男』(1949年)を世に放つことになるが、本作はまさにその前夜祭。フリッツ・ラングらに代表されるドイツ表現主義の光と影の魔術が、イギリスのどんよりとした気候と見事にミックスされ、視覚的実験がブチ込まれている。
特筆すべきは、極端に傾いたダッチ・アングルの多用だ。出血多量で徐々に視界が歪み、現実と幻覚の境界がバグっていくジョニーの意識混濁を、観客にダイレクトに体験させる主観的なカメラワーク。
彼を見下ろす市民たちの顔は広角レンズによってグロテスクに歪められ、観ているこっちの三半規管までぶっ壊しにくる。デナム撮影所の巨大なスタジオセットとベルファストのロケ映像をシームレスに繋ぎ合わせ、街全体を出口のない悪夢の迷」へと仕立て上げた。
そして、物語の進行とともに降り始める雪のニクい演出効果。中盤、身を潜める防空壕の廃墟をバックに、ボールで遊ぶ無邪気な子供たちを俯瞰で捉えた構図の美しさ。そこからアルバート記念時計塔の針が進み、夜が更けるにつれ、街は白く覆い尽くされていく。
それはジョニーに迫る死の足音であると同時に、エゴにまみれた薄汚い人間たちの街と、彼らが流した血痕を容赦なく漂白していく、自然界からの強烈なデトックスの儀式なのだ。
フィルム・ノワールの黒い世界が、純白の雪によって神話的な美しさへと昇華される映像カタルシスには、何度観ても鳥肌が立つ。
サイコパス画家の撮れ高至上主義
主役のジョニーを演じるジェームズ・メイソンは、大スターであるにも関わらず、出番の8割近くは意識混濁のまま白目を剥いてウンウン唸っているだけ。物語の中心にいる主人公が、実は誰よりも受動的でただの荷物と化しているのが面白い。
のちにスタンリー・キューブリックの『ロリータ』(1962年)で、少女への愛欲に狂うキモ哀しい中年男を完璧に演じたメイソンだけあって、情緒不安定っぷりはまさに国宝級。虚空を見つめるその虚ろな眼差しだけで、男の絶望を見事に表現しきっている。
そして、この映画のエゴイズムを最高にこじらせているのが、ロバート・ニュートン演じる狂気の画家ルーキーだ。彼は死にゆくジョニーをアトリエに引きずり込み、あろうことか「死が迫る瞬間の瞳、最高にアートだね!」とキャンバスに向かい始める。
現代の迷惑系YouTuberも真っ青の撮れ高至上主義。実はこのアトリエには神父も同席しており、画家の芸術(エゴ)と神父の宗教(魂の救済)が、死にかけの男を挟んでマウントを取り合うという、地獄のような構図が展開される。
他者の命の灯火が消える瞬間すらアートの肥やしにしようとするこの画家の姿には、他人の悲劇を消費する芸術家への、リード監督の強烈な自虐ギャグが込められているのだろう。
そんな利己的な人間だらけの街で、唯一ジョニーを一途に愛し、警察の網の目を掻き分けて彼を救おうとするヒロイン、キャスリーン(キャスリーン・ライアン)の純愛が光る。なんと彼女は、本作が映画デビュー作。その冷たくクールな顔立ちの奥には、ドロドロの情念を忍ばせている。
『邪魔者は殺せ』は、人間のどうしようもないエゴと純愛を、笑えるほどの冷徹さと極上の映像美でブチ抜いてみせた、永遠に色褪せないブリティッシュ・ノワールなのだ。
- 監督/キャロル・リード
- 脚本/F・L・グリーン、R・C・シェリフ
- 製作/キャロル・リード
- 原作/F・L・グリーン
- 撮影/ロバート・クラスカー
- 音楽/ウィリアム・オルウィン
- 編集/ファーガス・マクドネル
![邪魔者は殺せ/キャロル・リード[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/513LjmBs75L._UF10001000_QL80_-e1759727292844.jpg)
![第三の男/キャロル・リード[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/81ry5yvkHL._AC_SL1500_-e1759040241325.jpg)
![ロリータ/スタンリー・キューブリック[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/71av8eNqeL._AC_SL1500_-e1707305100382.jpg)