『Jane Birkin et Serge Gainsbourg』(1969年/セルジュ・ゲンスブール、ジェーン・バーキン)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Jane Birkin et Serge Gainsbourg』(1969年)は、セルジュ・ゲンスブールとジェーン・バーキンによる名作コラボレーション・アルバムである。ゲンスブール自身のプロデュースのもと、ジャン=クロード・ヴァニエが手掛けた美しいオーケストラと、二人の甘くささやくような歌声が見事に調和している。本作の最大の魅力は、古き良きシャンソンの情緒と、当時の先鋭的なサイケデリック・ポップが自然に融合している点にある。「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ(Je t’aime… moi non plus)」「69 Année Érotique」「Jane B.」などの楽曲を収録し、緻密に構成されたサウンドの中に、どこか退廃的な香りが漂う。
洗練×野蛮の奇跡
実はフレンチ・ポップという言葉自体は、日本で作られた和製英語であり、本国フランスにおいてそれはヴァリエテ・フランセーズ(Variété française)と呼ばれている。
もちろん、広義の語彙としてはフランス産のポップ・ミュージック全般をフレンチ・ポップと呼称してしまっても間違いじゃない。しかし、我々日本の音楽リスナーがこの言葉を口にする時、そのニュアンスの根底には、1960年代にフランスで突如として誕生した音楽ムーヴメントのイェイェ(Yé-yé)の甘く危険な香りが強烈にこびりついている。
1960年代初頭、エルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーに代表されるアメリカ産のロックンロールが、海を越えて世界中を熱狂の渦に巻き込んでいた。その巨大な波は、フランスの音楽界にも黒船のごとく巨大な衝撃を与えた。
本来、端麗で流れるように優雅なフランス語の響きは、バックビートを強調する無骨なロック・ミュージックのリズムには致命的なまでに馴染まないはず。
しかし、海の向こうの熱狂的なブームに刺激されたフランスの音楽プロデューサーたちは、あろうことか、あどけないアイドル歌手たちにフランス語のままで無理やりロックを歌わせてしまうという暴挙に出た。それがイェイェの始まりである。
水と油のような異文化の衝突。しかし、果たしてそこに産み落とされたのは、アメリカン・カルチャーの野性味とフレンチ・カルチャーのエスプリが見事に融合した、摩訶不思議にして極上のポップスだった。
バンドネオンやアコーディオン、あるいはチープなオルガンがフィーチャーされた心弾むメロディーラインに乗せて、どこか小悪魔的でシニカルなリリックが囁かれる。
フランス・ギャルやシルヴィ・ヴァルタンといった、超ラブリーかつ超キュートなフレンチ・ロリータたちが、ブラウン管の向こうからコケティッシュに微笑みかける。
それはまさに、洗練と野蛮が同居する甘美で危険な誘惑。かくして、このイェイェ=フレンチ・ポップは世界に向けて独自の加工輸出を果たし、当時の日本を含む世界中で静かな、しかし熱狂的なブームを巻き起こしたのだ。
希代のパンク親父、セルジュ・ゲンスブール
そして、このフレンチ・ポップという豊穣なジャンルを語るうえで、絶対に避けて通れない巨大な才能が存在する。セルジュ・ゲンスブール。酒と煙草と女をこよなく愛し、生涯を通じてスキャンダルを撒き散らした希代のパンク親父である。
彼は単なるミュージシャンという枠に収まらず、フランス大衆文化のシステムそのものを内側からハッキングし、自らの欲望のままに書き換えてしまった。
ゲンスブールがデビューアルバムを発表したのは30歳を過ぎてからという、異例の遅咲き。初期の彼は、自らの容姿へのコンプレックスを抱えながら、左岸派シャンソンの伝統に則ったシニカルな楽曲を歌う、知る人ぞ知る存在に過ぎなかった。
しかし、イェイェのブームが到来するや否や、彼はその卓越したメロディーセンスと、言葉遊びに満ちた(そして往々にして猥褻なダブルミーニングを孕んだ)リリックを武器に、瞬く間に音楽シーンのトップ・スターへと躍り出る。エロティックで退廃的な彼の詞世界は、無垢なアイドルたちの口を通して歌われることで、かつてない猛毒へと変貌したのだ。
彼のプロデュース・ワークは、単なる楽曲提供の域を遥かに超えていた。フランス・ギャルに「夢見るシャンソン人形」(1965年)を歌わせてユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝を飾ったかと思えば、ブリジット・バルドー、イザベル・アジャーニ、アンナ・カリーナといった大女優たちにも次々と楽曲を提供し、彼女たちの官能性をレコードの溝に刻み込む。
ジタンの煙草をくわえ、無精髭を生やした醜悪な(しかし圧倒的に魅力的な)男が、フランスを代表する絶世の美女たちを音楽という魔法で次々と支配していく。その姿は、痛快なピカレスク・ロマンそのものだった。
究極のエゴイズムと官能の同居
そんな彼が大女優たちと繰り広げた数々のコラボレーション・アルバムの中でも、歴史的な意味において、そして僕個人のリスナー体験において、やはりこの作品にトドメを刺すと言わざるを得ない。
当時の新たな恋人だったジェーン・バーキンを全面的にフィーチャーして製作された、『Jane Birkin & Serge Gainsbourg』(1969年)である。
このアルバムを一言で形容するなら、エロいの一語に尽きる。とにかくエロい。ものすごくエロい。とんでもなくエロい。音楽という表現形態が、これほどまでに直接的で、粘着質で、かつ芸術的なエロティシズムを放ち得るのかと、初めて聴いた時は本気で耳を疑ってしまったくらいにエロいのだ。
その衝撃の震源地となっているのが、あまりにも有名なオープニング・トラックのM-1「Je T’Aime…Moi Non Plus」。美しいハモンド・オルガンの旋律に乗せて、ゲンスブールの低い囁きと、大女優ジェーン・バーキンのあどけなくも妖艶な声が交錯する。
彼は彼女に「ジュ・テーム」を執拗に連呼させ、さらには楽曲の後半にかけて、ほとんどポルノグラフィとしか思えないような大胆でリアルなあえぎ声まで披露させているのだ。
愛の絶頂において「愛している」と囁く女に対し、「俺はそうでもない(moi non plus)」と冷酷に返す男。この究極のエゴイズムと官能の同居。ゲンスブールの恐るべきエロ手腕と、それを芸術の域にまで高めてみせた手腕には、ただただ平伏するしかない。
ちなみに、この狂気の楽曲は元々、彼の元カノだったブリジット・バルドーのために書かれたものであり、実際に彼女のヴォーカルで録音もされていた。同じ曲で、あのバルドーに同じことをさせていたのだ!
しかし、その内容があまりにも過激だったため、バルドーの当時の夫(ギュンター・ザックス)の怒りを買い、彼女自身の強い意向によって長らくお蔵入りとなってしまった(のちに1986年になってからようやく陽の目を見ることになる)。
ジェーン・バーキンのコケティッシュなヴァージョンと、バルドーのより野性的なヴァージョン。興味のある方は両者を聴き比べてみるのも一興だろう。
完璧な愛の爆弾
『Jane Birkin & Serge Gainsbourg』が、単なるスキャンダラスなエロ・レコードという色物扱いを免れ、半世紀以上が経過した現在でもフレンチ・ポップの最高傑作として君臨し続けているのには、明確な理由がある。それは、ゲンスブールのスケベ心を完璧な音楽的洗練へと昇華させた、驚異的なサウンド・プロダクションの力だ。
本作のアレンジャーを務めたアーサー・グリーンスレイドによる、流麗でシネマティックなオーケストレーションは、ゲンスブールの書く退廃的なメロディーに極上のドレスを着せている。
M-2「Anamour」や、強烈な皮肉が込められたM-5「69 Année Érotique」などで聴かれる、図太くうねるベースラインとファンキーなリズムセクションの絡み合いは、当時の英米のロックやソウル・ミュージックと真っ向から勝負できるほどの、圧倒的なグルーヴ。
事実、この時期のゲンスブールの楽曲の多くが、後の1990年代にトリップ・ホップやヒップホップのアーティストたちによってこぞってサンプリングされ、クラブ・ミュージックの文脈から再評価されたのも、このリズムの「太さ」と「黒さ」があったからこそ。
ジェーン・バーキンの、まるでガラス細工のように脆く、少年のように中性的なウィスパー・ヴォイス。そして、それに絡みつくゲンスブールの、ニコチンとアルコールで焼け焦げたようなシニカルなバリトン・ヴォイス。
この奇跡的な声のコントラストは、単なる男女のデュエットを超え、1969年という時代が持っていた「性の解放」と「既存の価値観への反逆」を見事に音響化してみせた。
フレンチ・ポップがイェイェの時代を経て獲得したポップネスに、大人の男の情念と、底知れない音楽的教養を流し込んだこのアルバム。それは、ゲンスブールという怪物が世界に向けて放った、最も美しく、最も下劣で、最も完璧な愛の爆弾である。
参考文献・出典
- アーティスト/セルジュ・ゲンスブール、ジェーン・バーキン
- 発売年/1969
- レーベル/フォンタナ・レコード
- ジャンル/フレンチ・ポップ、シャンソン
- プロデューサー/セルジュ・ゲンスブール
- 1. Je T'Aime…Moi Non Plus
- 2. Anamour
- 3. Orang Outan
- 4. Sous Le Soleil Exactement
- 5. 18-39
- 6. 69 Année Érotique
- 7. Jane B
- 8. Elisa
- 9. Canari Est Sur Le Balcon
- 10. Sucettes
- 11. Manon
- 12. Chanson de Slogan, La
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