『Legrand Jazz』(1958年/ミシェル・ルグラン)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『Legrand Jazz』(1958年)は、ミシェル・ルグランが発表したジャズ・アルバムであり、彼自身のアレンジと指揮によって制作された。マイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンをはじめとする管楽器プレイヤーたちの演奏と、ルグランの構築したオーケストレーションが柔らかく溶け合い、クラシックな名曲と先鋭的な解釈が自然に共存する。「Night in Tunisia」「Django」「Round Midnight」などの楽曲が収録され、洗練されたアンサンブルの中にプレイヤーたちの熱気と温度が漂う。彼が独自の視点でジャズ・スタンダードと深く向き合い、ビッグバンド編成の新しいサウンドを提示した。
ジャズの神々を従えた、弱冠26歳の異邦人
ミシェル・ルグランは、音楽界に生まれるべくして生まれた、完全無欠の血統書付きサラブレッドである。
父親は高名な指揮者にして作曲家のレーモン・ルグラン、姉はスウィングル・シンガーズなどで活躍した美声の歌手クリスティアンヌ・ルグラン。
自身も名門パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)に入学し、あの伝説的な音楽教師ナディア・ブーランジェのもとでクラシックのピアノと和声、対位法を徹底的に叩き込まれたという、非の打ち所がないエリート中のエリートなのだ。
そんな若き日のルグランが、アメリカ向けに録音したムード音楽集『I Love Paris』(1954年)が、なんと全米で数百万枚を売り上げる大ヒットを記録。
これに狂喜乱舞したコロンビア・レコードの重役たちは、彼に「どんな予算を使ってもいい。君の好きなアメリカのミュージシャンを誰でも集めて、ジャズのアルバムを作ってくれ!」という、事実上の白紙小切手を渡した。
そして1958年6月、26歳のフランス青年は単身ニューヨークのコロンビア30丁目スタジオに乗り込む。僕は初めてこのアルバムを聴いたとき、メンバーの顔ぶれを見て仰天したものだ。
ざっと挙げると、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス、ポール・チェンバース、ドナルド・バード、アート・ファーマー、クラーク・テリー、ベン・ウェブスター、ハービー・マン、フィル・ウッズ、ハンク・ジョーンズ!
冗談抜きで、これは当時のモダン・ジャズ界のアベンジャーズ。特にマイルス、コルトレーン、エヴァンス、チェンバースの4人は、翌年にあのジャズ史上の最高傑作『Kind of Blue』(1959年)を録音することになる、世界最強のセクステットのコアメンバーだ。
英語もろくに話せなかった若きルグランは、この気難しくプライドの高いジャズの神々たちに対し、恐ろしく緻密に書き込まれたオーケストレーションのスコアを武器に真っ向から挑み、彼らを完璧に自分の支配下に置いてしまった。
これはもはや音楽の魔法を超えた、若き天才による歴史的な偉業である。
スウィートでエロティックなラウンジの魔法
1950年代後半のニューヨークのジャズ・シーンといえば、ハード・バップの全盛期。そこはプレイヤー同士が己のテクニックと肺活量をぶつけ合い、白熱したインプロヴィゼーションで火花を散らす、極めてスポーティーで汗臭い戦場だった。
しかし、ルグランのヨーロッパ的かつクラシカルな感性によって、その分厚いサウンドは解体され、咀嚼され、再構築される。ゴリゴリのモダン・ジャズが一転して、信じられないほど軽妙洒脱で、洗練の極みを行く極上のラウンジ・ミュージックへと刷新された。
ファッツ・ウォーラーの「The Jitterbug Waltz」、ディジー・ガレスピーの「Night In Tunisia(チュニジアの夜)」、そしてセロニアス・モンクの「’Round Midnight」といった、ジャズメンなら誰もが知る血肉の通ったスタンダード・ナンバーの数々。
ルグランはこれらを単なるテーマとアドリブの連続ではなく、軽やかなホーン・セクションのアンサンブルや、ハープ(ベティ・グラマン)、ヴィブラフォン(エディ・コスタ)といった色彩豊かな楽器を大胆に導入することで、極彩色のシネマティックな空間へとリ・アレンジしてみせたのである。
特にマイルス・デイヴィスがミュート・トランペットで参加したM-4「Django」やM-7「’Round Midnight」の美しさは、言葉を失うレベルだ。
マイルスのあの孤独でヒリヒリとしたトランペットの音色が、ルグランの構築した豊潤なストリングス的ホーン・アレンジに包み込まれることで、その響きはとてつもなくスウィートで、センチメンタルで、そして何よりもちょっとエロい。
クールな大人の夜の音楽を希求していたニューヨークの一流ジャズメンたちを従えて、生粋のパリ・ミュージシャンであるルグランは、彼らの野生をエレガントな檻に閉じ込め、ひたすら気持ちのいい極上のアンサンブル&ハーモニーを描き出している。
映像を喚起するスウィングの極致
『Legrand Jazz』が単なるオシャレな企画盤に留まっていないのは、ルグランのアレンジが頭でっかちのクラシック的なお勉強で終わっておらず、身体の底から湧き上がるようなスウィング感を内包しているから。このアルバムのリズム・セクションが放つ、跳ねるようなグルーヴは本当に最高なのだ。
アルバムのハイライトの一つであるM-5「Stompin’ At The Savoy」を聴いてみてほしい。アート・ファーマーやドナルド・バードといった名手たちのトランペットが、ルグランのトリッキーで遊び心に満ちたオーケストレーションの上を、まるで水を得た魚のように自由に飛び跳ねていく。
このトラックから溢れ出す圧倒的な生命力と、ハネるようなリズムの渦!このスウィングを聴いて心が踊らないヤツがいるとすれば、そいつは音楽的不感症であると断言しよう。
このアルバムは、のちに映画界を席巻するミシェル・ルグラン・サウンドの完璧なプロトタイプでもある。ジャズの即興的な熱量と、クラシックの構築美、そしてフランス産のエスプリを融合させ、聴く者の脳内に鮮烈な映像を浮かび上がらせる、シネマティックな手腕。ルグランは26歳にして、すでに自分自身のサウンドを体得していたのだ。
アメリカのジャズメンたちが築き上げた強固な城に単身乗り込み、その壁を優雅なピアノとオーケストレーションで色鮮やかに塗り替えてしまった『Legrand Jazz』。
極上のラウンジ・ミュージックは、最高にクールで、ロマンチックで、そして少しだけ危険なパリのエッセンスに彩られている。
- アーティスト/ミシェル・ルグラン
- 発売年/1958
- レーベル/ポリグラム・レコーズ
- ジャンル/ジャズ
- プロデューサー/ミシェル・ルグラン
- 1. Jitterbug Waltz
- 2. Nuages
- 3. Night in Tunisia
- 4. Blue and Sentimental
- 5. Stompin' at the Savoy
- 6. Django
- 7. Wild Man Blues
- 8. Rosetta
- 9. Round Midnight
- 10. Don't Get Around Much Anymore
- 11. In a Mist
- Legrand Jazz(1958年)
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