細野晴臣 meets 宮沢賢治。不思議な無国籍性をたたえたサウンドトラック
いつ、どこで、誰と、どんな映画を観たかなんて、長い間ニンゲンをやっていれば記憶の片隅に追いやられるもの。
でも、何故だか『銀河鉄道の夜』(1985年)を観た記憶だけは鮮明に覚えている。小学生のとき、祖母と銀座の映画館まで観に行ったのだ。
冒頭、デカデカと「文部省特選」という文字が現れるのだけれど、映画はいたいけなコドモを置き去りにするような内容で(宮沢賢治の原作も僕は当時読んでいなかった)、なんだかとっても不思議な映像体験だった。
映画そのものよりも衝撃的だったのは、不思議な無国籍性をたたえたサウンドトラック。特定の地域も時代も特定できない。「○○的」というクリシェを全てなぎ払うかのような、ワン・アンド・オンリーの音塊が映画館の四隅から迫ってきたのだ。
M-5『星をめぐる夜』のオルゴールの音色、M-9『よろこび』のコシミハルのスキャット、M-10『北十字』の教会で鳴り響くようなオルガンの響き。
僕はそのサウンドを一身に浴びて、「宇宙の音楽だ!」とモーレツに感動した。そしてこのとき、僕は細野晴臣という天才アーティストの存在を知ることになる。
もちろん、テレビから流れてくるYMOのテクノ・ミュージックには興味を惹かれていた。だが、YMOワークスよりも先に僕は細野晴臣と邂逅し、圧倒され、狂ったようにCDを聴きまくった。
だが今に到るまで、僕はこの『銀河鉄道の夜』サウンドトラックを超える作品に出会えていない。それくらい自分にとって、このアルバムは特別な位置を占めている。
特にM-11『プリシオン海岸』は、神曲中の神曲。人気のない朝焼けどきの海岸へ、本当に体ごと誘ってくれるかのような、アンビエンスにあふれた一曲である。
後にアルバム『omni Sight Seeing』(1989年)で、これを発展させた『Pleocene』というトラックが収められることになるが(福澤もろのアヤしいヴォーカルが聞きどころです)、それだけ細野本人も手応えを感じていたトラックだったのだろう。
そして、もちろんM-20『エンド・テーマ 銀河鉄道の夜」もサイコーだ。蒸気機関車の走行音を模したであろうリズムに、少しレイドバックした神秘的なピアノが重なる。ロシア正教会の鐘(勝手な想像ですけど)がゴォーンと鳴らされ、荘厳さと深淵さが強調される。
『細野晴臣インタビュー THE ENDLESS TALKING』によれば、『銀河鉄道の夜』は東欧の音楽からの直接的なインスピレーションを受けたそうな。
そのころ僕はクラシックでボヘミアの音楽を聴き出して、(中略)『銀河鉄道』はもろにボヘミアの感覚で満たされていたんです。
チャイコフスキーのようなスラブ系の音楽に傾倒していた時に、『銀河鉄道の夜』サウンドトラック製作の機会を得た彼は、そのエッセンスを注入。不思議な無国籍性はココから生まれていたのだ。
なお本作は、オリジナル版の発売以来33年の年月を経て、2018年に2枚組の特別版がリリースされている。
当時発表されなかった未発表音源も満載だが、やっぱり中原香織が歌う『銀河鉄道の夜』イメージ・ソングが収録されているのがいいですね。こんなヘンテコなメロディーを、無理やり’80年代歌謡曲に仕立て上げてしまうのって、細野晴臣以外いないでしょ。
- アーティスト/細野晴臣
- 発売年/1985年
- レーベル/テイチク
- メイン・タイトル
- 幻想四次のテーマ
- 幻想と現実
- 晴の日
- 星めぐりの歌
- ジョバンニの幻想
- ケンタウルスの星祭り
- 天気輪の柱
- よろこび
- 北十字
- プリシオン海岸
- 幻想の歴史
- 極楽のハープ
- ジョバンニの透明な哀しみ
- 一番のさいわい
- 別離のテーマ
- 走る
- 45分
- 鎮魂歌
- 銀河鉄道の夜
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